見てるだけで良かったのに。

目が合ったり、声を聞いたり、隣を歩いたり、そんな些細な事で良かった。それだけだったのに。


もう、戻れない。



「んっ…は…っ郁、待っ!」

「っごめん、少し声抑えて」


口を閉じても洩れてしまいそうな声が耳に響いた気がした。

倉庫として使われている空き教室でふたり。誰もいないとはいえ、校内には変わりはないのに、こんな場所で。


「…やっ…いく、」

「なに?」

「離し…っんぁ!」


さっきから何度も同じ言葉を声に出そうとしても、わたしの中に埋まっている熱が容赦なくわたしを突き上げてくるせいで言葉にならない。

どれだけ抵抗しようと愛しい人の温もりを感じれば最後。何が間違いで、何が正解なのかわからなくなってしまう。

微かに触れる吐息におかしなくらい熱が上がって、このまま溶かされてしまうんじゃないかと思った。


「んっ…ぅ」


触れてない所なんてないんじゃないかと思うくらい、郁の唇がいろんな所に降りて来る。

啄むようなキスがくすぐったくて思わず顔を反らすと、それを阻止するように噛みつくようなキスが降って来る。

その瞬間、わたしの中の深いところまで一気に侵入してくる熱。


「…っふふ、可愛い」

「っ!見ないでくださ…ひぁっ」

「…だめ、顔反らさないで。見せて」

「っ」


両手で顔を覆っても、力の入らない手はすぐに郁の大きな掌に捕らわれて、そのままソファーに縫いつけられる。

指と指が絡むように繋ぎとめられて、肌と肌が触れて、首筋に感じる熱い吐息。


「ん…っ気持ちいい?」

「やっ、聞かないでくださ…っん」

「どうして?僕は聞きたい。君は僕にこんなことされて、嬉しい?それとも悲しいの?ねぇ」


耳元で聞こえる低い声に肩が跳ね上がる。耳に触れるか触れないかの位置で囁いてくる彼は、わたしの心臓がどれだけかき乱されているかわかってるんだろう。

わかってるくせに、そう言いたいのにわたしの中で休むことなく動く熱に反応せざるを得ない。

素直な言葉を口に出してしまったわたしを見て、彼の目が柔らかく歪む。



「っ…おかしいな」

「ん、何がですか」

「僕は君が愛しくてしょうがないんだ…っ」


頬に触れるだけのキスをされる。さっきまで熱かった郁の唇はいつのまにか冷たくなっていて驚いてしまった。


「っ…君を誰にも渡したくない。こんなこと今まで思った事なんてなかったのに、今は、君の記憶が僕だけになればいいって本気で思ってる」

「いく、?」


その表情はあまりにも優しくて、あまりにも悲しそうで、わたしまで泣きそうになってしまった。

誰よりも近くにいるのに、誰よりも大切な人の腕に抱かれて幸せなはずなのに、こんなに不安なのは何故なの。

近くに寄れば寄る程、貴方の存在が遠くなっていく気がして。



「…ずっと、僕の傍にいて」



何も言えなかったわたしは彼の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめた。

この温もりを離さないように。



君を失くす夢を見ないように。



















(傷口に塩)

最初に言っておく。水嶋さんに「だめ」って言わせたかっただけです。それだけの為に書いただけなんです。はい。

結局シリアス方向になっちゃうんだよなー…何故でしょうか。