日付が変わるちょっと前。 部屋に鳴り響いたインターホンの音。 こんな時間に誰だろう…なんて不思議に思いながらドアを開けると、少し顔を赤くした私の恋人が立っていた。 「…ねぇ、君は、琥太にぃのことどう思ってる?」 そして前触れもなくそんなことを言い出した郁に、わたしは思わず素頓狂な声を出してしまった。 「だからぁ、月子は琥太にぃのことどう思ってるのかって聞いてるの!」 「ちょ、ちょっと…郁?」 「答えてよ、ねぇ、」 何か様子がおかしい。 普段はこんなに感情を丸出しにしたりしないし、連絡もなしで会いに来たりしないのに。 いつもの郁じゃない。 わたしが混乱している間にも郁は口を尖らせてまた騒ぎそうだ。 このままだと近所迷惑になると思って、わたしはとりあえず郁を部屋の中に入れてソファーに座らせた。 「郁、顔赤いですよ?暑い?」 「すこし…」 「ちょっと待っててください。お水入れてきますから。」 おとなしくしててください、ともう一度念押しして、ソファーから離れようとした時。 「わっ、」 後ろからいきなり腕を引っ張られてそのまま郁の上に覆いかぶさるような形で倒れ込んでしまった。 慌てて身体を上げようとしたわたしを阻止するように郁の腕が背中に回される。 ぎゅうっと苦しくなるくらいに抱きしめられる。 「……郁、もしかして酔ってる?」 ふわりと鼻に入って来たのは、お酒の匂いだ。 「僕は酔わないよ」 「でも、すごく熱いです、郁」 そう言った瞬間、視界が反転した。わたしの身体が反転したって言った方が正しいのかもしれない。 身体がソファーに埋もれていく感触。髪に絡められた指。頬を撫でていく熱い吐息。 「君も琥太にぃの事好きなの…?」 「え?」 「嫌だ。僕は君を誰にも渡さないよ。琥太にぃにも、陽日先生にも、世界中の誰にも渡さない。」 「い、郁?」 子犬みたいにシュンとする郁を見るのは初めてで、どうしたらいいかわからない。 郁が苦しいくらいにわたしを抱き締めてきたせいで言葉を返す時間もなくて、それにどうして郁がそんなこと思ってるのかもわからない。 「さっき琥太にぃが、月子のことお嫁さんに欲しいって言ってた」 「…星月先生が?まさか。わたしのことなんて雑用にしか思ってないですよ。」 星月先生はわたしと郁が恋人同士だってことも、わたしがずっと郁に片思いしていたことも知ってる。 多分冗談で言ったんだろうけど、郁は真に受けちゃった…ってことなのかな? 「嫉妬…してくれたんですか」 「嫉妬?そんなわけないよ。君が僕のことをちゃんと好きなのか確認してるだけだよ。君は僕のこと」 「好きですよ、」 サラッと言えたつもりだったけど思ったより声が震えてしまった。 喉の奥から引きずり出して口にした言葉は、静かな部屋でやけに響いた。 「好きです郁。…好き」 そう言った途端、郁は口を閉ざした。髪を撫でていた手も動きを止めた。 今まで好きかと聞かれて頷く事はあっても、こうやって気持ちを口に出したのは初めてだ。 沈黙がこんなに不安に感じてしまうのはわたしが緊張してるからなのかな?…郁が悲しそうな顔をしてるからかな? それとも。 郁は愛の言葉が嫌いだから? 「…郁、んっ」 名前を呼ぼうと顔を上げると、わたしの声は郁の唇に飲み込まれてしまった。 息もできないくらいに深く口付けられ、お酒のほろ苦い味がわたしの口内にも広がる。 「郁…!いくってば、」 「やだ、もっと」 郁の胸を押して離れようとするけど、そんな抵抗も郁には叶うはずもなく、さらに深く口付けられる。 郁の唇が離れたほんの一瞬、時間が止まったのかと思った。 「…っ愛してる、」 耳慣れない言葉がわたしの中に入って来た。郁の口からは絶対に聞くことはないと思っていたその言葉。 「…郁、いま、なんて」 「もう言わない。君は今から僕のものになる、それだけだよ」 さっきよりも深く沈んだ身体、いつの間にか暗くなってた部屋、熱い唇、優しい手。…どうしよう。苦しい。 ドキドキしすぎて 「わたしもっ、あいしてる…!」 わたしまで酔ってしまったみたいだ。 (心臓に口付けを、) |