また人を傷つけてしまった、と思う。 部活も生徒会も終わった後、少し頭を冷やそうと思って屋上庭園に向かった。 いつも笑顔で迎えてくれる恋人の姿が見当たらなくて、昨日"午後から研修だ"って言っていたことを思い出した。 会えないとわかっても、どうしても帰る気にはなれなくて、わたしはその場に立って空を見上げたままボーっとしていた。 「うーん…」 今日、哉太と喧嘩してしまった。 原因は本当に些細な事だったし、いつもなら怒るようなことじゃなかった。 なのにあの時はすごく感情的になってしまって自分でも何を口走ったか覚えてない。 錫也が間に入ってくれて、落ち付いて話せるようになってから哉太もわたしもお互いに謝り合った。 いつもの痴話喧嘩ってことで解決はしたんだけど。 「最低だ…わたし…」 どうすれば、もっと人の気持ちのわかる人になれるんだろう。 昔から何をするにも自分のことで精一杯で、なかなか周りが見れない。それで何回も哉太と錫也に、他の人にも迷惑かけた。 いくら感情的になってたとはいえ、喧嘩をしてしまうなんて。 いつもはこういう事でも"もう繰り返さないようにしよう"って前向きに考えるんだけどな。今回はさすがに自分の不甲斐なさを情けなく思ってしまった。 どうしてこんなに不器用なんだろう。 …先生なら、どうするのかな。 先生も感情的になることがあるのかな。それとも周りのことも把握していて、それに大人だから、喧嘩なんかしないんだろうか。 声を聞きたい。話したい。 ―――――…会いたいよ。 「…水嶋、せんせ」 「なに?」 思わず零れてしまった独り言に返事が返って来た。 聞き慣れた声に慌てて視線を上げると、そこには見慣れた姿。わたしが会いたいと思った彼がいた。 「あ、の…なんで、今日、研修って…」 「ん?あぁ、思ったより早く終わったからまだいるかなーって思って来てみたら、やっぱりいた」 水嶋先生はわたしの横を通り過ぎて後ろにあったベンチに腰を掛けた。 その様子を目で追ってると、先生はわたしに手招きをしながら「こっちに来て」と一言。 言われるまま先生に近付くと、ふわりと甘い香りが鼻を擽った。 …どうしよう。 声を聞きたいとか話がしたいとか。そんなこと思ってたけど、今は少しでも気を緩めたら泣きそうだ。 この人と会えただけでこんなにも嬉しいなんて。こんなにも安心するなんて。 「…で?どーしたの?」 「え?」 「何かあったんでしょ?せっかく僕と会ったのにそんな顔するなんて、不愉快なんだけど」 覗き込むようにわたしを見る碧い瞳が揺れている。 その視線から逃れるようにして俯くと、それを阻止するかのように先生の手がわたしの頬に触れる。 「だーめ。こっち向いて」 先生の顔が近くまでやってきて、吐息が鼻先を掠める。いくら見慣れたとはいえ、整った顔立ちに思わず息を飲んでしまう。 「ちゃんと僕の目を見なかったら…キスしちゃうよ?」 「…っ」 「ほーら。何かあったならちゃんと言いな?せっかく会えたんだから」 どうして先生には何もかも見透かされてしまってるんだろう。 先生にはわたしが今泣きそうなことも、それを隠そうとしていることも全部見透かされてるんだと思う。 「え、えと…大した事じゃないんですけど…今日、哉太と喧嘩しちゃって、」 「うん」 「それで、錫也のおかげで仲直りはしたんですけど、なんだか少し自分が情けなくなってしまって、それで、えっと」 途切れ途切れに言葉を繋げていく。 うまく伝えるにはどうしたらいいのかな。先生もこんなわたしを見て子供っぽいと呆れるだろうか。 頬にあった先生の手はいつの間にかわたしの髪を撫でていた。 「あの幼馴染君はそんなに弱くないから大丈夫だよ。」 「そうですかね…」 「それは僕より君の方が知ってるんじゃないの?だからそんなに気に留めなくても大丈夫だよ。君はちゃんと反省したんだからそれでいいんじゃない?」 先生に腕を引かれて視界が揺らぐ。 そのまま背中に腕を回されて、ぎゅうっと抱きしめられた。甘い香りがわたしを包んだ瞬間、抑えきれなかった涙が先生の肩に落ちる。 「…っ」 「あれ、泣いちゃった?」 「ごめんなさ…っ安心しちゃって、」 「ふふ、可愛い。」 先生はわたしを宥めるように頬にキスをして、もう一度抱きしめてくれた。 この人はどうしてこんなに優しいんだろう。いつもは意地悪なのに、本当はすごく優しくて、優しくて。 それを見れるのがこの先もずっとわたしだけだったらいいのにな、といつも思う。 「僕はさ、不愉快だけど、嬉しい。」 「え?」 どうしてですか、と聞く前に塞がれた唇。すぐに舌を絡め取られて、思わず身体が震えてしまう。 いきなりの出来事に頭が着いていかないわたしを見て、先生が口角を上げて言った。 「君が落ち込んでいるこんな姿を見れるのも、僕だけだからね。」 メルトダウン交響曲 (翻弄されてばっかりで、) |