ぺたぺた、ぺたぺた。



「どうしよう…」


誰もいない廊下にはわたしの足音だけが響いた。

帰り道の途中、急に降り出した雨に逃げるようにして校内に戻ったけど、時は既に遅し。

髪の毛も服も見事に濡れてしまった。


「…誰かいるかな、」


とりあえず星月先生に相談してみよう。

保健室が開いてたら体育用のジャージに着替えて、少しだけ雨宿りさせてもらおう。

そう思って保健室にいこうとくるっと方向を変えたら急に後ろから声をかけられた。


「何してるの?」


耳に入って来たのは聞きなれた声で、振り向くと驚いた表情をしている郁が立っていた。


「い…水嶋先生」

「何してるのって聞いてるんだけど。今日は僕との約束も断って帰るんじゃなかったの?」

「え?あの、」


事情を説明しようと思った時には、先生に腕を掴まれていた。そのまま引っ張られて廊下を歩いて行く。

声をかけても何も反応してくれなくて、ただ腕を乱暴に引かれる。

先生が怒ってるってことがわかったけど、わたしには身に覚えもなかった。




「あの、先生…っ」


連れて来られたのは保健室で、中に入るとドアを閉める音が激しく響いた。

そこでやっと腕が解放されて、思わず力が抜けてよろけてしまった。

崩れかけた身体を受け止められて苦しいくらいに抱きしめられる。

雨で身体が冷えてしまったせいかな、すごく温かく感じる。


「あの、先生まで濡れます…っそれにここは、」

「保健室だから?だから何?」

「だっ誰か来ちゃいます…わっ!」


わたしの言葉なんてお構いなしに、先生はわたしを抱きかかえる。

びっくりして足をバタバタさせて抵抗してみるものの、わたしの力じゃ敵うわけもなくただ伸ばした足が空を切るだけだった。

保健室の奥にあるベッドに勢いよく降ろされて、視界が一気に揺らぐ。


「いっ郁…っ!」

「黙って」


あまりにも低く冷たい声に、思わず言葉を飲んでしまう。


ふとドアを見るといつの間にか鍵が掛けられていた。

いつもわたしが気づいた時にはしっかりと鍵が掛けられていて、郁の器用さには時々関心する時もある。


「…本当にキミは、」


気が逸れていたのも束の間。

鼻を擽る甘い香りと首筋に這う柔らかい感触。


「こんな格好で一人で歩いてどういうつもりなの?誰かに襲って下さいって言ってるようなもんだよ?」

「そんなつもりじゃ…っんぅ」


荒々しく唇を塞がれて、思わず目を見開いてしまった。

郁はそんなわたしの目に掌を当てて目を閉じるように促す。


「いっ…郁…っん!」

「っ…君は女の子なんだよ?一人で校内を歩くことがどれだけ危険なのかわかってないの?」


そのまま肩を押されてゆっくりとベッドに落ちる。

抵抗したくても、逃げようとしても、顔の横に手を置かれてるせいで起き上がることさえできない。

仮にもここは保健室で、教育実習生とこんな、


「余計なこと考えないで。」

「っ」

「…お仕置きしないと、ね?」


さっきより沈んでいく身体、食べられてしまいそうなくらい激しいキス、貴方の熱に侵されていく感覚。

貴方の心はこんなに冷たいのに。





「…君は僕の傍にいたらいいんだよ。」



カチャリ、と眼鏡を外す音がした。
















(濡れ鼠、二人、雨宿り)

…着地点がどこかわかりませんでした。

もっと冷酷な言葉を言わせようと思ったんですけどそれはちょっと自分好みになりすぎたのでやめました。

最後に眼鏡を使いたかっただけです。