この場所に誰かと一緒に来ることなんてなかったし、これから先もそんな日が来ることはないと思ってたんだ。

僕の視界に入って来たのは、青い空、澄んだ海。



そして花束を抱えてる彼女。




「勝手なことしてごめんなさい、郁」

「……」


昨日の夜電話で彼女が「わたしに時間をください」なんて言うから、すこしだけの不安とたくさんの期待でここに来た。

同じ形の石が等間隔で並んでいて、僕の姉さんの名前が綺麗に彫刻されている。


「星月先生にここの場所聞いて……郁の誕生日はお姉さんの誕生日でもあるから、その」

「……」

「…郁?」

「あ、いや…予想外だったから」


僕の反応がなかったせいか、僕を見つめる瞳は不安げに揺れていた。

冷静を装って笑顔を見せると彼女もふわりと笑って僕の傍まで寄り添ってくる。そのまま姉さんが眠る場所へと花束を置いた。


「郁も」

「え?あ、うん…」


彼女に促されてその場に腰を降ろすと、温かい空気に触れた気がしたんだ。僕と彼女の間に、姉さんがいるような。そんな感覚。


「有李さん、お誕生日おめでとうございます。」

「…月子」

「わたしは有李さんがいたから郁と出会うことができました。時々喧嘩もするけど、優しい有李さんがいたから、優しい郁がいるんだと思います」


淡々と墓石に話しかける彼女の横顔は寂しげで、でも強く前を向いている。

紡がれる言葉ひとつひとつが僕の心にもゆっくりと染みていった。

正直まだここに来るのは怖かったんだ。彼女が手を引いてくれても現実を受け入れることがどうしても怖かった。


「これからもどうか、ずっとずっと郁を優しく見守っていてください。」

「……」

「生まれてきてくれて、ありがとうございます。」



あまりにも不自然な言葉。

ひとつ間違えれば無神経だと言われるような、そんな言葉を彼女は簡単に声にした。



「…郁、」


僕の手に重ねられる手。

その手は華奢で小さいのに、僕のすべてを支えてくれるんだ。


「生まれてきてくれてありがとう。わたしと出会ってくれて、傍にいてくれて、ありがとう」





―――……そうか。

消えてなくなるわけじゃないんだね。この世界で終わることなんて、なにもないんだ。


「……よかった」

「え?」

「月子に会えてよかった、」


生まれて初めて今日という日がこんなにも素晴らしくて特別なんだとわかった。

愛しい人と同じ時間を過ごせることがどんなに幸せなことなのか。



「…郁、いく」

「ごめん…」


目頭が熱くなったのを感じて思わず彼女の肩に頭を預けた。

彼女は何も聞かずにただ僕の名前を呼び続けてくれる。どうしよう。どうしてこんなにも優しくて、温かいんだろう。


「……ひとつだけ、」

「ん?」

「…ひとつだけ僕のお願いを叶えてくれる?それ以外は何もいらないから」

「うんっ…なんでも言って?」




喉が焼けるほどに熱い。

心臓から脈打つ音が聞こえそうだ。






「……一緒に、暮らそう?」



たとえこの先何度終わりが来ようと、それははじまりの合図なんだ。























(終焉なんかない)