わたしが生まれて初めて彼の部屋に来たのはいつだっただろうか。

あの時のわたしはこれ以上ないくらいに緊張でいっぱいだった。何もかもが初めてで、一樹さんの空気に触れられると思うだけで嬉しくて、どこか恥ずかしくて。

でもその記憶はいつの間にか薄らいで、わたしと一樹さんが共有してる時間の長さを感じさせてくれた。




「ほら、紅茶」

「ありがとうございます」


一樹さんと一緒に買ったおそろいのマグカップを受け取る度に頬が緩んでしまう癖はいつまで経っても直らない。そんなわたしを見ていつも一樹さんは笑って、頭を撫でてくれる。

最近なかなか予定が合わないからゆっくりデートをする時間もなくて、大体一樹さんの部屋かわたしの部屋がデート場所になっていた。

一樹さんは"遠出できなくてごめん"なんて言うけど、他愛もない話をしてゆったりとした時間を過ごすこの瞬間は何よりも好きだったりする。

一樹さんを近くに感じられるから。


「……月子」


好きな人の傍にいるだけでこんなにも気持ちが落ち着くなんて。

何年経っても変わらないなぁ。


「っ!」


淹れてもらった紅茶を飲もうとしたら、いつの間にか隣に座ってた一樹さんに抱き寄せられていた。後ろから腕を回されて、閉じ込められる。

どうしても好きな人に触れられる瞬間は、いつも緊張する。


「相変わらず新鮮な反応だな」

「だっだって…いきなり…!」

「はいはい悪かったよ。いいからこのまま抱き締められてろ」


何度も、まるで深呼吸をするみたいにわたしの肩に顔を埋めて息を吸う一樹さん。

いつも一樹さんはわたしを後ろから抱き締めてくる。耳元から声が聞こえてドキドキする。

赤くなった顔を見られるのがくすぐったいような嬉しいような、不思議な感覚。



「…お前、香水してる?」

「え?してないですよ」

「なんだか甘い香り」


そう言ってまた軽く息を吸う一樹さん。そ、そんなに匂いするのかな。

わたし自身、香水とかコロンとか甘い香りが苦手だったりするから買ったこともつけたこともない。

そのことは一樹さんも知ってるはず、なんだけど。


「わかんね…お前の匂いだな」

「その言い方、なんか嫌です…」

「甘いな、このままお前のこと食べたいくらいには良い匂い。」


いつものように冗談っぽく言われるならまだしも、いきなり声を低くして囁くようにして話すから。

心臓がどくんと大きく動いた。

顔が馬鹿みたいに、熱い。

そんなわたしを見て一樹さんは軽く笑うと、わたしの肩にかかっている髪の毛に触れた。

くすぐったくて振り向くと、近くにあった一樹さんの唇が落ちてきた。


「っか、一樹さん!」

「ん?」

「は、離してください」

「それは無理なお願いだな…そんな恥ずかしがるなよ。お前の嫌がることは何もしないから、キスだけ。」


真剣な目で、こんな至近距離で、温もりが伝わってきて、思考がまとまらない。

何度も何度も触れるだけのキス。

恥ずかしいからやめてって言いたいのに、そんな時間すらもらえない。触れては離れて、離れては触れて。

一樹さんの愛が流れ込んで来るみたいで恥ずかしくて、温かくて、幸せ。



「……お前といると、怖い」

「え?」

「大事にしたいのに壊してしまいたい衝動に駆られることがある。お前を俺のものにしたいって思ってる。」


一樹さんの声は少しだけ震えていた。本音で話してくれてるんだろうな。

本当はわたしだって全部欲しい。身体も心も。一樹さんの全部。だから一樹さんにもわたしの全部をもらってほしい。


「好きです、一樹さん」

「…お前」

「…好き、です」



とてもじゃないけど本音で全部そのまま話す事なんてできない。

どう言葉にすればいいかわからないし、そんなこと言って一樹さんに嫌われたりしたら。


でも、わたしだってもうプラトニックじゃ足りないんだ。























(甘く痺れる骨髄)
瑠樹さん素敵なリクエストありがとうございました^^