逢いたい。

そんな漠然とした感情が俺の中に残る。

恋人に思いを馳せてからもうどれくらいの月日が経ったんだろうか。

もう随分あの笑顔を見てない気がする。声も温度も、遠い昔の事のようだ。


「うー…」


とは言っても、お互い新しい環境に慣れてなくて自分のことをするだけで精いっぱいなのが現実で。俺もアイツも時間が合わない。

時間が合わなければ話をすることさえできなくて。愛しい人の声を聞けるならそれだけで疲れなんて吹っ飛ぶのに。

逢えるのに逢えない距離に歯痒くなってしまう。








「…樹さん、一樹さん」

「ん…」

「起きて下さい。風邪引いちゃいますよ?」

「んー…あれ、なんでお前」


ふと優しい声に包まれた気がした。

ゆっくりと目を覚ますと部屋に帰っていつのまにか机に伏せたまま寝てしまったらしく、肩とか腰とか節々が妙に痛かった。


でもそれどころじゃなくて。

さっきまで逢いたいと思ってた恋人がすぐ傍にいる。

まだ夢の続きを見てるんだろうかと思った。夢ならまだ納得できる。


「鍵、ちゃんと締めとかないと危ないですよ。わたしみたいなのが勝手に入っちゃいますよ?ふふ」

「お前、なんで…」

「なんでだと思いますか?」


部屋には時計の秒針の音がすこしだけ響く。

その問いの答えは俺にはわからなかった。コイツが急に寂しくなって来てくれたとしても、別れ話をしに来たとしても(それは絶対にないけど)、わざわざ俺に逢いに来てくれたことには変わりないから嬉しいだけだ。

しばらくその意味を考えてたけど全くわからなかったけど、妙に緩んでいる恋人の表情を見て思わず「あ、」と声を漏らしてしまった。



もしかして、今日って



「誕生日、おめでとうございます」

「そうか…日付変わったからもう今日なのか…」


疲れてるはずなのに、そんな様子を全く見せずに笑う恋人。

プレゼントとケーキまで持ってきてくれたらしく、俺の手に置かれる可愛い箱。中身を見ようとしたら、恥ずかしいからと恋人の手によって遮られた。

その笑顔も、恥じらう顔も、全部全部。今の俺にはあまりにも眩しくて。愛しくて。

やっぱり俺は夢を見てるんじゃないかと、すこし不安になった。



「わっ」


恋人の手を絡め取ってそのまま俺の方に引き寄せる。

その小さくて華奢な身体を抱きしめると、いつもならされるがままの恋人も俺の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめ返してくれた。もう駄目だ。好き過ぎて、おかしくなりそうだ。


「お前…そういう可愛いことすんなよ…」

「可愛くなんか…」


俺の言葉に反論しようと顔を上げた恋人と至近距離で視線がぶつかる。

金縛りにかかったかのようにその綺麗な瞳から、目が離せない。

白くて柔らかい頬に指を滑らすと、その瞳がすこしだけ揺れた。



「……好きだ。」

「一樹さ、」

「好きだ、月子。愛してる」




自分でも頭がおかしくなったんじゃないかと思うくらい、この言葉しか出て来なかった。

喉が焼けそうなほどに何度も何度も、叫んでやりたい。



すきだ、あいしてる。

俺はきっとこの言葉をお前に伝えるためにこの世界に生まれてきたんだ。生涯、老いてこの世界から消える日が来ようとも。



ずっとずっと、ずっと、叫ぶよ。


















(いつかの君に優しい世界で)
一日早いけどぬいぬい誕生日おめでとうです。