たとえばの話だけど。

もし今まで積み重ねてきたものを全部忘れずにいられたら、きっと苦労なく生きて行くことができるのかな。嬉しい事も悲しい事も、全部。

いつでも思い出すことができるのなら。それだけで生きてる事が楽しくなるのかもしれない。


「哉太、誕生日おめでとう」

「お、おう…」


俺の手の中にあるアルバム。

コイツが"俺の為に"って一人で考えて作ってくれたプレゼントは生きてきた中の何よりも大きくて。

幼馴染という関係から恋人っていう新しい関係になってもう随分経ったけど、お互いまだ慣れてない部分もあって、喧嘩もめちゃくちゃしたし、コイツ相手だとどうしても気持ちに歯止めが効かなくなる。

愛しい気持ちに思わず恋人を抱き寄せようとした瞬間。


「ね、哉太」

「…なんだよ」

「今からわたし独り言を言うから、ちょっと哉太の耳塞いでもいい?」

「はっ?」


俺の答えを聞く前にガッツリを塞がれた耳。

冷たくなった手に少しだけ肩が跳ね上がりそうになったけどなんとか耐えてアイツの顔を覗きこむと、俺から顔を反らして落ち着かなさそうに目を泳がせる。

俺の恋人が急におかしなことを言い出すのは今に始まったわけでもないし、1回言いだすと聞かないから、しょうがなくじっと黙ってることにする。

不自然なくらいの静けさが俺を包む。



「…ホントはね、ずっと怖かったの」


聞き耳を立てるつもりはなかったけど、好きな奴の声はすんなりと耳に入って来るもので。

目の前にいる恋人の身体はすこしだけ震えている気がした。


「正直に言うとね。一瞬だけもし哉太が傍からいなくなったらどうしようって思った事があるの。一緒にいられなくなるんじゃないかって。」




こんなこと、はじめて、聞いた。

心配をかけてることも迷惑をかけてることもわかってた。わかってたつもりだったんだ。

コイツは昔から弱音とか不安なことがあったとしても絶対に周りに言わなかった。一人で頑張り過ぎて空回りするの繰り返し。

俺はそんなとこも好きだし、これからは俺が守っていくって決めてる。その気持ちは少なからず伝わっていると思ってたんだ。


「おかしいでしょ、哉太のことは信じてるのに。」


でも、こんなに、不安にさせてたなんて。

小さな声で紡いでいく言葉はとぎれとぎれだったけど、俺の頭の中ですぐに形になっていく。ごめん。ありがとう。なんて返せばいいのかわからない。

笑えばいいのか、怒ればいいのか。


「でもね、今はね、嬉しくてしょうがないんだよ。哉太には恥ずかしくてあんまり言えないけど、本当に好き、だよ」


どうしようもなく、締め付けられる、胸。


「…生まれて来てくれてありがとう、哉太」


その言葉を聞いた瞬間、無意識に愛しい恋人を抱きしめていた。

いきなりのことにアイツは驚いて反射的に身体を離そうとしたけどそれを阻止するように抱きしめる力を強くする。

愛しい。どうしようもなくコイツが。誰よりも何よりも。


「…っ好きだ、」

「っ!」

「俺はどこにも行かねーから、絶対お前から離れないから」


今にも涙が零れそうな瞼を撫でながらそう言うと、小さく頷く。

もう一度ぎゅうっと抱きしめると、今度はコイツからも俺の背中に腕を回してきた。




「…った、哉太、哉太かなた」


何度も俺を呼ぶ声があまりにも優しくて。儚くて。


「まったく…泣き虫だなお前は」

「…ふふ、哉太も泣いてるくせに」

「うっせーよ、」



これからは、俺がお前の記憶になるんだ。

俺がお前のすべてを覚えて、この目に、心臓に、焼き付ける。愛しい人のために生きる。


それってスッゲーかっこいい事だろ?



















(この物語におわりはない)