外に出るとまだまだ寒い風が吹き付けて来て、もうすぐで春が訪れるなんてそんな当たり前のことですら思えなかった。

見慣れた廊下を歩きながら、今にも溢れてしまいそうな涙を堪える。

早く教室に戻らなきゃ。みんなで写真を撮って、ご飯を食べに行って、先生にも挨拶して、荷物をまとめて。


この日が過ぎれば会いたい人にもなかなか会えなくなってしまうんだ。友達も、幼馴染も、先生にも、好きな人にも。

みんな歩いて行くのは別々の道だから、今この瞬間をもっと大事にしないと。




「…星月、先生」

「なんだ?」


思わず零れてしまった愛しい人の名前。

誰もいなかったはずの廊下から返事が返ってきて思わず目を見開いた。


「っ!」

「ははっ、何をそんなに驚いているんだ?俺を呼んだのはお前だろ?」

「わっわたしのは独り言みたいなもので…!まさか先生がいるなんて思ってなかったから…っ」


慌てていると星月先生はふわりと笑ってわたしの腕を掴む。

そのまま引っ張ってゆっくりと歩いて行く。向かう場所は、たぶん、いつもの場所で。


卒業式だから白衣じゃなくて、スーツ。

式辞を呼んでる時に登壇してる先生を見てたからスーツだってことはわかってたけどどうしても見慣れないその姿に目のやり場に困ってしまう。

細いのにわたしを引っ張る力は異性を感じさせるくらいに強くて。


少しだけ高鳴る、胸。



「わっ」


バタンとドアを締める音がして、驚く間もなく星月先生の腕の中に居た。

先生の肩越しに見えるのは学校で一番落ち着く場所。昨日掃除したはずなのに、相変わらず先生の机は汚くて。

何一つ変わらない光景に寂しさとか温かさを感じて、我慢してた涙が溢れてくる。


「…卒業おめでとう」

「あ、ありがとうございます…っ!」

「3年間よく女一人で頑張ったな。お前の場合は頑張りすぎる事もあったがよく頑張った。俺もお前には随分と世話になったしな。ありがとう、本当に」

「…っりがとう、ございます」


まさかこんなことを言ってくれるなんて思ってもなかったから、これ以上ないっていうくらいに胸が熱くなる。声もうまく出ない。


涙で顔はぐしゃぐしゃなんだろうな、嫌だな、こんな顔を見られてるなんて。




「……やっとだ、」

「え?」



先生はわたしの身体をすこしだけ離して触れるだけのキスをした。

柔らかい唇は瞼に、頬に落ちる。触れる唇から伝わってくるのは優しくて大きくて強い愛。

そして、すこしだけの、焦燥感。


「やっと、お前を堂々と抱きしめられる。ここに鍵もしなくていいし、外で会うことだってできる。お前を恋人だって言えるんだ。」

「せ、先生?」

「お前は寂しかったり不安がたくさんあるかもしれない。けど、俺はこの日を待ってたんだ。お前が少しだけ大人になる日を」



耳元で聞こえる優しい声。

窓がすこし開いていたのか、どこからかふわりと誘われるように保健室に入って来た桜の花びらがわたしと琥太郎先生の間を舞っていく。

真っ白な部屋に、鮮やかな桜色が映える。







「…一緒に暮らそうか」


大切にしてきた時間から卒業して。学園からも卒業して。

またここから、新しい時間がはじまる。




「…っはい!」


愛しい人と、ともに。
















(明日のキスは君に)