どうすれば大人になれるのか、今の私にはまだわからなくて。

それどころか恋の仕方すら知らないし、気持ちが通じ合った今だってどうすればいいのかわからない。すべてが初めてだから、嫌われるのが怖い。


恋人の部屋の前でひとり。

もう何十分も携帯画面を見つめて、渡せずにいるピンクの紙袋を持って。早く会いたいと言えばいいのか、早く来てほしいと怒ればいいのか。

どうすれば、大人な彼に釣り合えるのかいくら考えてもわからない。



「こーら、何ボーっとしてるの」


頭を軽く叩かれて顔を上げると、そこには待ちわびてた恋人の姿。大学の帰りでいつもと違う雰囲気に、思わず見とれてしまう。

肩で息をしてるのがわかって、わたしのもとに急いで来てくれたのかと思うと心臓をぎゅうっと鷲掴みにされた気がした。


「郁、おかえりなさい」

「うん。ただいま。ちょっと用事があって。寒い中待たせてごめんね。」

「っううん!お疲れ様!」


用事が何なのか聞いてもいいのか聞いちゃ駄目なのかもわからなくて、笑顔で相槌を打つしか出来なかった。思ってる事を全部言って彼がもしそれを受け入れてくれなかったら、って考えると、やっぱり少し怖い。

郁のことを信じてるのに。

想いが大きすぎて怖い。


「ほら、寒いでしょ。入って」

「お…お邪魔します」


久しぶりに見る郁はすっかり"大学生"の顔になっていて。教育実習生の時とはまたすこし雰囲気が違う。

そしてその手に持つ紙袋。その中に入っているたくさんの箱や袋。


(やっぱり、もらったんだなぁ…)


郁が女の子に優しい事も、モテることもわかってるし、今日は女の子が好きな人に想いを伝える日なんだから、チョコをもらうだろうなとは思ってた。けど。実際目の当たりにすると、すごく不安になる。

わたし以外にも郁の良い所を知ってる女の子がいると思うだけで、こんなにも心が乱されてしまう。


「あ、の…郁」

「ん?」

「これ…今日バレンタインだから、その」


おずおずと紙袋を差し出すけど、郁は黙ったままで受け取ろうともしてくれない。でもその表情を確かめるのが怖くて、顔が上げられない。

どうしよう。

やっぱりいらないかな。甘いものは嫌いだって知ってるのに、こんな。


「…これ、君の手作り?」

「え?えっと、うん…作ったんだけど」

「…そう」


差し出したチョコは空を切るだけで、わたしの手元から離れない。どうしよう。こんな時どうしたらいいのかも、わからなくて情けなくなる。


「たくさんもらっただろうし、本当に、その、いらなかったら捨ててくれてもいいんだけど」


言葉の途中で、郁は黙ってわたしの腕を引いた。

郁の長い腕にすっぽりと包まれてぎゅうっと抱きしめられる。



「バカ。いらないわけないでしょ」

「郁…?」

「ごめんね不安にさせて。ありがとう。すごく嬉しいよ。」


まるでわたしの考えてることなんか全部お見通しだと言うように郁はわたしの頭を撫でる。久しぶりに感じる体温に、涙が出そうになった。


「今日は、女の子が好きな人に想いを伝える日なんだよね?」

「う、うん…?」

「だったら聞かせてくれないの?君の気持ち」


すこしだけ距離を取ると郁はわたしの目を覗きこむようにおでこ同士をぶつける。至近距離で見つめられて、どうしようもなく上がる熱。

目を離したいのにそうさせてもらえないのは、郁の目がすごく優しいせいで。





…こんな時だけズルイよ。



「…好き、です」

「誰が誰を好きなの?」

「っ…わたしが、郁を、っすき」


そう言うと郁は満足そうに笑って近かった距離をさらに縮めて来る。恥ずかしくなって慌てて瞼を閉じると、鼻に落とされるキス。

びっくりして目を開けた瞬間、重なる唇。そんなわたしの目を閉じるように郁の指が瞼に触れる。


「郁、んっ…ふ、すっき…っ」

触れるだけじゃなく、もっともっと生々しくて本能的なキス。呼吸も声も全部絡め取られてしまって何も考えられなくなってしまう。

ただ好きっていう大きな気持ちだけが溢れて、不安や寂しさを全部押しのけてしまうんだ。



そんなこともこの意地悪で優しい恋人は全部見抜いてるんだろうな。




「ふふ、知ってるよ?」


だから、やっぱり大人なキミには勝てないんだ。




















(カーテン裏で戯れを)
バレンタインにギリギリ間に合った…
ぐたぐだですね。水嶋はチョコを渡されてもいらないって言っちゃいそうですけどね。