「学期末はレポートやテストが多くて参るよ」 「じゃあ…落ち着くまでは、デートお預けだね」 「ごめんね。君もテストあるでしょ」 「う…」 「分からなくなったら連絡しておいで」 「いいの?」 「勿論」 声が聞きたいから、教えてもらうのを言い訳にしてもいいの?とまでは聞けなかった。 彼だって、忙しいんだからわがままは言えないと思って。 その代わりに、きゅっと彼の指先を握った。 「い、く」 「ん?」 「…テスト、頑張ります」 「ふっ」 「ど、どうして笑うの!」 「いや、…可愛いなぁって」 「可愛くな…」 「可愛いの。…あぁ」 ちらりと見えた、郁の腕時計が、寮の門限にぎりぎりで間に合う時間を指している。時計なんか壊れてしまえばいいのに。世界中の時間がいまこの瞬間に止まったらいいのに。 そんな途方もないわがままを飲み込んだ。 その代わりに、一秒でも長く一緒にいたい気持ちを込めて、指先を最後に一度、ぎゅっと強く握った。 彼は繋いだ手を持ち上げて、冷たくなった私の指先にキスをした。 「―――じゃあ、またね」 耳元で囁かれた声を思い出すと、それは耳の奥で小さく広がった。 近距離から水面に落ちた雫が、水しぶきも上げずに、静かにうねり、広がるのと似ていると思った。 ――― 「………」 私は無気力でベッドに横たわり、携帯を緩く持っていた。 携帯は、鳴らない。 落ち着くまで、っていつまでだろう。 私はもう、テスト全部終わったよ。答案だって返ってきたよ。 苦手な科目も…点数言ったら笑われちゃうかも知れないけど、私なりに頑張ったんだよ。 声を聞けないのは寂しいけれど、それよりも邪魔する方が嫌だから。 分からない所があっても、電話を我慢して、自分で頑張ってみたの。 ねぇ、郁。郁は何してる? 面倒っていいながら頑張ってる? 風邪ひいてないかな。 体調崩したり、してないかな。 ねぇ、早く声が聞きたいの。 耳の奥のひそやかな声が消えちゃいそうなの。 早くこの指先を握って、抱きしめて欲しいの。 じゃないと。 「…忘れちゃいそうだよ…」 温もりの、響きな記憶が、まぼろしのように消えそうでこわいから。 覚えている内に、また刻み付けて。 「…いく…、」 ああ、勇気を出してようやくぽつりと呟いた二つの音さえ、掠れて消えてしまうの。 (ソワールに包まれて) 空があなたの色になる。 残る陽の温もりが、 本当に貴方ならいいのに。 かさねさんがプレゼントしてくださいました^^ 素敵な作品ありがとうございます! |