今日も空が燃えている、と思った。



夕日に紅く照らされた空を見上げ深呼吸をすると、ふわりと桜の香りがした。

右手で握っている卒業証書の入った筒をもう一度強く握り直して、感慨に浸る。

いつもは騒がしく忙しない学園は僕の他に生徒の姿はなく、閑散としていた。卒業生同士で食事へ行く人、退寮の手続きや地元に帰る人もいる。

それが理由なのか、高校生だからか、卒業式は意外にスムーズに進み、解散も早かった。

名残惜しそうな人もいたけれど、みんな笑顔で学園を去って行った。


「あっと言う間だったな…」


毎日を忙しく過ごしてきた僕の3年間は濃くて、一瞬のようだった。

たくさんの人達に出会って、色んな事を学んだ。部活もそれなりに充実していたし、生徒会に入ってからは、暇な日の方が少なかった気がする。

それもこれも会長や翼くん、そして、



「颯斗くん?」


後ろから名前を呼ばれて、ゆっくりと振り向く。と同時に風に揺れる桜の木から花びらが落ちて行った。

視線の先には頭の中で思い描いた人が立っていた僕に向かって手を振っていた。

その手に招かれるように彼女の傍に寄ると、彼女はふわりと笑う。

ずっと、ずっと、僕の心を満たしてくれた笑顔。


「…どうしたんですか、こんなところで」

「ふふ、颯斗くんがまだ学校にいるって聞いたから」

「僕が、ですか」


そう問うと彼女は"颯斗くんとゆっくり話したかった"と呟いた。

彼女には何の意識もないのだろうけど、心臓が鷲掴みにされる感覚には相変わらず慣れないし、どんな反応をすればいいのかわからなくなる。


「卒業おめでとう!颯斗くん!」

「…ありがとうございます。貴女も、おめでとうございます。」

「うん!ありがとう!ふふ、なんだか変な感じだね」

「そうですね、卒業だなんて実感が沸きません。」



卒業してしまったら。

他愛な事で笑いあったり、会うことすらもう二度とないかもしれない。

誰が聞いても大袈裟だと思うかもしれないけど、彼女と僕の未来が重なり合っていないことは僕が一番知っている。


「貴女には本当にたくさん迷惑をかけてしまいました。」

「そんな事ないよ…私の方がたくさんお礼を言わなきゃいけないんだよ。だから颯斗君を追いかけてきたんだから」

「え?」


彼女の細い指が僕の手をそっと握る。

驚いて間抜けな顔をしてるかもしれないけど、どうしようもなく動揺してしまった。


「…本当にありがとう。颯斗君がいてくれて良かったよ。わたし一人じゃできなかった事も颯斗君がいたから頑張れたの。本当に感謝してる。」


優しく手を握り返すと、すこしだけその瞳が揺れる。

彼女がそんなことを思ってくれていたなんて知らなかった。

言葉を紡いでいく彼女の顔が切なげに歪んでゆくのを見て、この小さな身体を思いきり抱きしめたいと思った。




でも、僕は、


「ありがとうございます、僕も同じ気持ちですよ。」

「ほんと…?」

「ええ、貴女には本当に感謝しています。心の底から」


どうしても自分の気持ちをぶつける事ができないんだ。

明日には消えてしまう思いだとしても、僕はそれを離したくはないと思ってしまう。


「これからどんな事があっても貴女なら大丈夫ですよ。」

「そうかな?」

「ええ、3年間貴女を見てきた僕を信じて下さい。ね?」


そう言うと、彼女の表情は見る見る明るくなっていく。

その顔を見て、嬉しくなる半面、彼女との時間が終わってしまう事にどうしようもない不安を感じた。

彼女のいない世界に慣れるまでは、さよならは口が裂けても云いたくなかったんだ。


けれど未来に向かって歩き出そうとしている彼女の隣を歩きたいだなんて。

そんなことを言える勇気も、僕は持ち合わせていない。

だから、



「だから、幸せになってください」


全ての気持ちを話せなかった僕は臆病者でいい。

彼女のために臆病者になれるなら。

それで。






















(ラプンツェルの見た最後の夢)
未亜さまありがとうございました。