俺は常識的なマナーとか、世間体とか、いろんなことをちゃんと見極められて自分にとってそれは良い事なのか悪いことなのか、それを判断できると思ってたんだ。

少なくとも、あいつと出会うまでは。


「…まったく、」


保健室のソファーで顔を伏せるようにして眠っている学園唯一の花である保健係。

掃除をしている間に疲れて眠ってしまったんだろう。安心しきったように眠る彼女の顔色はすこしだけ悪かった。

コイツの存在は俺にとっても生徒たちにとっても大事で、それは今でも変わらない。



「こんなところで…」


人一倍気を使ってきたハズだったんだ。俺は生徒たちと同じような感情を抱いてはいけないんだ、と。

大人と子供、先生と生徒。

その壁は高く堅く、でも、脆かった。

俺の心の奥まで見抜いているような瞳と言葉。触れて欲しくないことだってお前に触れられると糸がほどけるように一瞬で俺の心を安らかにする。

いつも前向きなのは俺にはない"自分を信じる力"を持っているからだ。そんなお前に恋愛感情を抱く事は難しいことじゃなかった。

このまま寝かせてやりたいけど、他の男が来たら俺が冷静でいられそうにもない。こんな姿他の奴には見せられない。


「ん…んー…」


起こそうと思い触れようとした瞬間、彼女から漏れる吐息。

ゆっくり瞼が開かれ、その瞳が俺を認識する。


「目が覚めたか?」

「あれ、琥太郎さ、え、わたし寝ちゃってました…?」

「あぁ少しだけな。疲れたなら帰りなさい。送ってやるから」


冬だということもあってか外はもう真っ暗で、校内にももう数えるほどしか人がいない。

伏し目がちになる彼女の頭を軽く撫でて立ち上がる、と。



「っ…どうかしたか?」


白衣の裾を遠慮がちに握りしめる細い指。その指はもぞもぞと動いて俺の背中にぎゅっと巻き付く。


「琥太郎さん、あの、」

「…?」

「ぎゅってしてください、」


急に飛んできた言葉に思わず目を見開く。

普段こんなに甘えるようなことなんて言わないのに。

俺が何も答えないのを否定ととってしまったのか、泣きそうな顔で俺を見上げる彼女の顔は儚げで、綺麗だと思ってしまった。

俺がコイツにこんな顔をさせているのかと思うと、罪悪感と嬉しさが交互に動く。


その身体を言われるがままにぎゅっと強く抱きしめ、綺麗な項にキスを落とすと、華奢な肩はすこしだけ震えた。

そして俺の身体を押し上げる手。

その手を俺の方に引き寄せ、今度は唇にキスを落とす。




「んっ…ふ、…んぅ」


何度も、何度も。



「…っ好きです、琥太郎さん。すき、」

「っ」


耳元で囁かれたその一言は、俺の理性を壊すには充分で。





「頼むから、そんなに俺を煽るな…」


何よりもコイツを大事にしたい、そう思っているのに。

欲しくて欲しくてたまらないんだ。俺の腕の中に仕舞って、誰にも渡したくない、見せたくない。

恋という感情は、後悔をするためにあるようなものだろう?


だったら、このまま、俺は。






















(非日常クランクイン)
こなたさんリクエストありがとうございました。