幸せになりたいって思ったことなんか一度もなかった。

生まれた頃から頼もしい幼馴染がずっと傍にいてくれたからで、すごくすごく大切にしてくれて、守ってくれて。

これからだって離れることなんて考えられないし、離れたくない。それを毎日感じることができるから、きっと幸せに満ちてるんだ。


「どう?もうそろそろ終わりそう?」


教室で一人日誌を書いていると、ふと声が聞こえた。

わたしが声の主を探そうと顔を上げると、ドアから顔を覗かせた錫也の姿。

錫也にわかるように親指と人差し指で"OK"の合図をすると、それを見た錫也は微笑んで教室入ってきた。そのままわたしの前の席に座って日誌を覗きこむ。


「本当だ、ちゃんと書いてる。」

「あとは感想だけなんだよ。ふふ」

「うん。偉い偉い。早く書いちゃいな。」


ふわり、と錫也の暖かい手が頭に触れる。ゆっくりと優しく撫でてくれて、この温度と、この空気がいつもわたしを安心させてくれるんだ。

錫也が待ってくれてるんだから、早く片付けてしまわないと。でも一緒にいられる時間が長くなるならそれもいい…とか思ったりもして。

そんなことをぐるぐる考えながら日誌に今日の出来事を書き込んでいく。

毎日一緒にいるけど、それがすごく嬉しくて幸せなんだって感じるようになったのはいつからなんだろう。

錫也は、大事な幼馴染でもあって、わたしの恋人でもあって。当たり前のようで、でもそれはどんなに凄い事なんだろう。

わたしがそう思ってるように、錫也もそう思ってくれてるのかな。

最後の行を書き終わって日誌を閉じようとすると、それを阻止するようにわたしの手に重ねられた手。

ふと錫也の前髪が鼻に触れた気がして、顔を上げると、ぶつかる視線。




「すず、」


触れる唇。

瞬間、教室の窓から風が入ってきてまるで私たちを隠すようにカーテンを揺らした。

目を閉じる事すら忘れてしまった突然のキスから、幸せが流れてくる。わたしが幸せだと感じる時、錫也にもそう感じて欲しい。


「ごめん、なんか幸せだなぁと思って」

「もう…びっくりした…ここ教室だよ?」

「…うん。でも、もう一回だけ」


拗ねたフリをしてみても、本当は嬉しい。

もっと触れて欲しいし、キスも、知らない事は錫也に教えて欲しい。そんなこときっと全部錫也にはお見通しなんだろうな。


世界の中のほんの小さな恋。

それは何もかもささやかで、弱弱しいものかもしれない。




それでもいいんだ。あなたと一緒なら。

あいしてるから。それでいいんだよ。
















(視線の先にはいつも)


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