いつもと何も変わらないはずの場所なのに、どうして心臓がうるさいくらいに高鳴ってしまうんだろう。

少し動くだけで白く濁ったお湯がパシャリと音を立てる。身体が温まって神経が敏感になってるせいか、小さな音でも反応してしまうのが自分でもわかる。

慌てて身体の動きを止めると、後ろからクスクスと笑い声がした。


「どうしたんですか、そんなに慌てて」

「べ、別に慌ててなんか…」

「何もしませんから、リラックスして下さい」

「っ」


この冷静沈着な恋人の提案で一緒にお風呂に入る事になって、半ば強引に連れられたわたしは浴槽の中でこれでもかというくらいに身体を丸めていた。

いくらお湯が濁っているとはいえ、こんなに明るい中で一緒にお風呂に入るなんて恥ずかしすぎる。


「…あれ、」

「?なに」


しばらくの沈黙の後。

視線を感じてふと顔をあげると、颯斗くんはわたしに向かって手招きをする。


「髪の毛がすこし乱れてますね、直してあげますよ」

「っえ」


わたしが断る間もなく身体を捻るように引っ張られて、颯斗くんの足の間に入るような体制になる。

背中に触れる颯斗くんの肌に、首筋にかかる吐息。急に縮まった距離に思わず呼吸が止まってしまいそうになる。

鼓動はさっきとは比べ物にもならないくらいに早くなって、全神経が背中に集中してしまう。

そんなわたしの気も知らないで颯斗くんは何事もなかったかのようにわたしの髪の毛を器用に一つに束ねていく。


「あなたの髪は本当に綺麗ですね。艶っぽくて、すごく綺麗です。」

「そんなことないよ…」

「そんなことあるんですよ。…はい、できましたよ。」

「あ、ありがとう」


そう言って颯斗くんの足の間から抜けようとするも、なぜか動けない。

後ろから回された腕が、ぎゅっとわたしの身体を抱き寄せた。

首筋に微かに触れる颯斗くんの髪の毛がくすぐったくて、思わず身を捩るけど、この細い腕には想像もできない力に身体は拘束される。


「はっ颯斗くん…!」

「すいません。貴女がなかなか僕のほうに来てくれなかったので、少しだけ嘘をついてしまいました。」


ふと首筋に吐息を感じると、颯斗くんの唇がわたしの肌に吸いつく。

チクリと少しだけ痛みを感じると、その瞬間チュッという水音が浴槽に響く。

首筋から項に、そして頬に、耳に、振ってくる。触れるだけのキスに身体の熱が集まってきてこのまま逆上せてしまいそうだ。


「…っ颯斗く…っ何もしないって…」

「キスだけ、です」

「ま、待って…」

「だめです」


わたしが抵抗しようとすればするほど身体を拘束する力が強くなって、肌と肌がより一層密着してしまう。

颯斗くんの細くて長い指が顎に触れて、ゆっくりと顔が横に向けられると、目の前には颯斗くんの綺麗な顔があって、吐息が触れる距離に思わず目を瞑ると、その瞬間に噛みつくようなキスが振って来た。


「んっ…ふ、」


触れる舌が熱くて麻痺してる。呼吸ごと絡め取られて、まるで颯斗くんに食べられてるみたいだった。

妙な水音と荒くなった吐息が浴槽に響いて、わたしの鼓膜に届く。


「ふふ、力抜けてしまいましたか?」

「…っもう!」

「……このまま、いいですか?」


優しい口調なのに彼の言葉には何故か有無を言わせぬ力があって。

甘い顔で、熱い声で囁かれてしまったら、もう溶かされてしまいたいと思わざるを得ない。



「良い子ですね、とっても可愛いです」


さっきとは違う触れるだけのキスをされて、身体が震える。

愛しい人の肌に触れる幸せを感じれるこの瞬間は、死ぬほど恥ずかしいけれど、それ以上に嬉しい。


もし貴方がいないと呼吸すらできなくなりそうだと言えば。

貴方はやっぱり笑うのかな。困るのかな。




たまには、それもいいよね。
























(シアンに君を溶かす)