冬と春の間の季節をなんと呼ぶのか、わたしは知らない。

冷たくて暖かくて。そんな矛盾した気候はなんだか優しくてとても心地良い。

声をかけてくれた幼馴染を待たせてるのはわかっていながらも、校庭に突っ立ったままひとりで感慨に浸っていた。

ひらり、と桜の花びらが水溜まりに落ちるのを目で追っていると、視線の先に見慣れた靴があった。


その瞬間に、降って来る、声。




「…あれ、君」


この一言だけでわたしの頭の中の深い所にあったハズの、鍵をかけておいた気持ちが一気にわたしの中に膨れ上がる。

ずっとずっと求めていた声に、ふわりと鼻を擽る甘い香り。ずっと仕舞い込んでいた思い出や記憶が引きずり出される感覚。


心の底からこれは夢じゃないかと思った。


「…っどうして、」

「卒業式だしこんな日くらいは一応顔を出しておこうと思ってね」


心臓が高鳴るのを必死で隠して顔を上げると、そこにはもう学校にはいないはずの教育実習生の姿。

あの頃と何も変わってない彼の風貌に、驚きと喜びが交互にわたしの心臓に突き刺さる。癖のある髪の毛に、眼鏡、蒼い瞳、優しい声。


「そんなに驚かなくても」

「!だ、だって…っ」


もう、もう、二度と逢うことはないと思ってたから、

そう言いたくても、声にならない。

"初めての恋"に終わりが来てから随分経ったけれど、わたしの中ではなにひとつ終わってなんかいない。

忘れよう忘れようとする度に貴方の面影を探してしまうんだよ。そんなわたしに、貴方との再会はまだ、早すぎるよ。

人を好きになるのも初めてだったわたしに、この距離をどう保てばいいのかわからない。


「…どうして、泣くの?」

「え?」


細い指が伸びてきて、わたしの頬を撫でる。ゆっくりと涙を掬ってくれるその温もりは、なにひとつ変わっていなくて。

また戻れたらいいのにと何度も何度も願っているのに、過ぎていく時間と季節には逆らえない。

ただ一言、会いたかったと伝えられたなら、本当は今でもずっと…って伝えられたなら、どんなに楽になるんだろうか。


「もう、」

「うん」

「…もう、逢えないと、思っ」


言葉を最後まで紡げなかったのは涙が溢れたせいなのか、急に視界が揺らいでだせいか、彼との距離がゼロになったせいか。


「…ごめんね、ごめん」

「い、く…?」

背中に回される腕、引き寄せられた身体。ぎゅうっと苦しいくらいに抱きしめられて、髪を撫でられ、ゆっくりと視線が重なる。

友達や幼馴染には、もう彼とは逢いたくないだなんて言ってたけど、本当は逢うのが怖かっただけなんだ。

逢って、もし、また拒絶されてしまったらって思うと、


「君がこんなに、僕の事を思ってくれてたなんて、正直予想外だ」

「え?」

過去か現実かすらわからない。曖昧な思考しか働かない。

目の前にある冷たい肌に確かめるように恐る恐る触れると、わたしの掌に重なる大きな掌。


「…逢いたかった、ずっと」

「っ!」

「今日は、迎えに来たんだ。お姫様を」


貴方に逢えなかった日々は、生きていないみたいで、呼吸もできてるかどうかすらわからなかったんだ。見る世界全部が真っ白で、なにもなかった。

でも、それは想いを馳せて来る日も来る日も愛した貴方と、また逢うためだったのかな。



ここから、また、はじまるのかな、


はじめてもいいのかな。




「……僕と、結婚してくれますか」








(世界の呼吸)
いま、聞こえた気がした。