正十字学園高校1年生奥村燐は、生まれて初めて経験する風景を目の当たりにしていた。

金銭的な問題上どうしても学食を味わえない燐は節約の為に始めた手作り弁当を片手に持ち、どうせならと春の陽気よろしくないつもの木陰に向かったはずなのだが……。




「…おくらパフェ」



美味しいのか不味いのかわからない謎の単語を口にした女子生徒すやすやと気持ち良さそうに眠っていた。

燐が言える立場ではないがだらし無く開いたワイシャツと緩いネクタイが印象的で芝生の上には暗い深緑の髪の毛が広がっている。これも例によって粗雑に右上に小さく束ねているだけで毛先はあちらこちらに跳ねている。くせっ毛より寝癖と表した方が正しいかもしれない。

両目は片腕で覆われているが先程の発言は明らか寝言だと燐は予想した。


移動するのも億劫で静かに腰を下ろしても案の定、隣から反応は一切無い。
とは言っても、燐は生まれてこのかた男子は疎か女子とまともにコミュニケーションを取るなんてことは最近経験したばかり。しかも彼女は常日頃着物を纏う杜山しえみと違って正十字学園の制服を着ている。思春期真っ盛りの男子が辿る視線は自然と決まってくる訳で、慌てて意識を切り替える。




「つーか、おくらパフェはないだろ」


寝言にしても奇妙である。
どう想像しても一般的なパフェにそのままのおくらを差し込んだ姿しか浮かんでこない。




「おいしいかもしれないよ」


「いや、おくらに失れ………」





口に運ぶ箸も、風も、視線も、全てが止まった。動き続けているのは自身の鼓動ぐらいだろうか。そして今、何か色々な事が予想外であるのは気のせいじゃ無いはずだ。
よっこらしょ、と腕を退けて起き上がった彼女は大きく見開かれていない目を擦りつつ燐を見つめ、次にふにゃりと破顔した。




「美味しそう」



何が、とは言うまでもない。燐が手にしている弁当を見る彼女の目は吸い込まれそうな夜空の色をしていた。




「た、食べるか?」


「…いいの?」


「ここで断るのも変だろ。卵焼きぐらいならやるよ」




そう言われた途端あまり開かれていなかった彼女の目は少し大きくなった気がした。そこに映るのは燐が取り出したお手製の卵焼き。



「これが…べんとーの卵焼きなんだ」


「当たり前だろ。変な奴だな」




まるで初めて弁当を目にしたような感想に燐は少しだけ笑い、箸で摘んだ黄色い塊を彼女の口元に持っていく。




「ほら、口開けろ」


「……自分で食べられる」


「ここまできたんだから諦めろ」



ほれ、と唇に卵焼きを軽く押し付けて催促させればようやく彼女が口を開けてくれたのですかさず押し込んだ。

最初はゆっくりと咀嚼し、卵焼きを味わう彼女の顔付きは良かった。しかし、だんだんと不可思議なものに変化していく。



「しょっぱい…甘い…ふわってなってる」


「もしかして…出し巻き卵知らないのか」


「だしまきたまご…?」



眉間に皺を寄せながら、片言で料理名を口にする姿はちょっとおかしかったがわざと咳込ませてごまかす。



「日本を代表するおかずだぜ」


「よくわからない…けど」





本当に知らなかった様子の彼女は弁当と燐を交互に見比べ、最後にまた嬉しそうな笑みを浮かべた。



「美味しかった、ありがとう」


「お、おう」



異性から料理の腕を認められて礼を言われる。これもまた本日初経験の出来事であった。
照れ臭いやら嬉し恥ずかしいやらで耳まで真っ赤になった燐を今度は彼女が笑った。その時、彼女の瞳に煌めく星が見えた気がして、またここで今度、弁当のおかずをあげようと思ったのだ。







幸せの黄色い彗星

















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天然は美味しいです




※あくまでおまけ&次回の伏線(仮)


(ばっかみてぇ)

(べんとーは私にとって憧れだよ)

(いや、アイツがだ)

(奥村燐が?)

(ばかだ)

(八つ当たり禁止でしょスウノ)

(………………)

(…頑張ろう)

(無気力なお前に言われるとは思わなかったよ)



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