私は走っていた。本当はもっと早く走れるのだけれど、もし大人達にばれたら今のような生活は恐らく過ごすことが出来ないだろう。

自分の日常を守りたい思いと、早くその場にたどり着きたい思いが脳内でごちゃごちゃになるのを無視して、とにかく足だけは動かし続けた。








「学園都市最強の一方通行が最弱の無能力者に負けた」




その連絡をした大人は少し残念そうに喋ったのを覚えている。

一方通行は最強より更なるレベルアップへと上り詰める為の実験を行っていた。聞こえはいいが内容は酷いものだ。その方法はありとあらゆる試練又は戦場パターンを生き抜くこと。
そこで彼らは、とある超能力少女のDNAマップを利用してクローンを作り出し、二万の戦場パターンにおいて二万のクローンを殺すシナリオを考え出した。

いくらでも生産出来るからって、クローンにも自分達と同じ命が、同じ重さがある。そんな大量の屍の先に見える無敵は誰も望んではいない筈なのに。
けれど一方通行はけたけた笑いながら毎日専用施設でクローンの女の子を殺し、屋内で出来る範囲のシュミレーションが終了したのちに屋外で残り一万のクローンを殺していた。


だから、負傷の情報を受けたとき心配と驚きの他に少しだけ嬉しかったりもした。
だって最強が最弱に負けたイコール最強は最強じゃないイコール実験は中止となるのだから。















携帯端末に記されていた病院にたどり着き、多々いる関係者の中から比較的顔なじみの芳川を見つけ出して一方通行の病室を確認する。
それからは彼女の制止も聞かずに真っ直ぐ向かってノックもしないで扉を開けた。




「アクセル!大丈夫?」


「うっせーな、後その呼び方やめろ」


「アクセラレータなんて長過ぎて無理」



頭部のほぼ全体に包帯が巻かれているが普段と変わらない悪態を吐く限り重症ではないのだろう。
ホッと息をついて医療ベッドに座り込む私を見てアクセルは包帯が合っても解るほどに顔を歪めた。



「で、どうなったらアクセルが怪我を負うような結果へ導かれるの?」





一方通行もといアクセルが最強と呼ばれる由縁は能力値が高いわけでも他者にはない特質があるわけでもなく、単に能力の種類が完全に普通のそれらと違う故である。

アクセルの能力は世の中の全てに備わる力量、分子量、熱量の方向性を自由に操る事が出来ること。
簡単に説明すると降り懸かる拳、放たれる銃弾、響く音波、絶対零度、摂氏1000度を裕に越えるマグマ、放射能、上記に挙げたものの中にアクセルを殺せるものは存在しない。

私だけはややこしい理由と特異かつ例外な能力のお陰で不意をつきさえすれば彼が拒否をしても無理に触れたりすることが出来るのだが、今回は勝手が違う。







「言っておくけど、私は何にもしていないから」

「…わかってンだよ」

「痛い?」




よっぽど喧嘩に負けた事が悔しいのだろう。十数時間前の事実を少しでも引っ張り出せば苦々しい表情を浮かべるので何だか可哀相になってしまい、仕方ないから傷がある頬を包帯からなぞる。
が、途端にベクトルを変更されて右手がパチンと弾かれた。





「つっ…!」

「あ、痛そう」




右側の私は触れられなかったけど、左側の私の指はちょこっとだけ頬をを掠った。それだけで、アクセルは体をびくつかせる。
思えばこの能力が有る限り、殴られることも火傷も躓くことも経験せずに一生を過ごせるのだろう。刺激に慣れないアクセルの痛覚は平均より敏感になっているに違いない。

ますます彼をこんなにした人間の正体を知りたくなる。
知りたがる性を穏やかに押さえ付けて(今聞いても確実に教えてくれない)私はアクセルの容態を診る。





「鼻も折れてないみたいだしよかったね。相手も手加減したんだ」


「……手加減ってこんなもんか」


「本気の痛みはこんなもんじゃあないよ。大事な人間の感覚器なんだから。まあ、私の力を使えば無くすことも出来るけど」


「お前、一々うるせェよ。痛みについて語られても俺は知らねェっつーの。残念だったなァ」


「……ずっと前からアクセルは痛みを知っていたと思うよ」


「はァ?」


「実験中止になってよかったね」



アクセルは顔にも態度にも感情を出さないから掴みづらいけど辛いのはわかっていたつもりだ。

過程を知るのは流石に無理だけど、結果としてクローン達を何の感情も持たずに殺害しているわけじゃないと思っていた。だからこそ私は何も言わずに傍にいたのだ。


その一つ一つの嗚咽を聞き漏らさないように。
震える背中に手を伸ばせるように。




彼の心はいつも痛みに耐えられなくて泣き叫び続けているのだから。











醜い菫





何も出来なかった私が言える台詞じゃないけどね。














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一方通行と超能力少女


ヒロインは別世界の住人です。
彼女の世界は絶チルです。超能力の概念が違うので当たり前ですが………。

別世界から来た彼女を学園都市は保護し、最強の一方通行に監視をお願いしています。
とは言っても彼にはやる気も糞もありません。
彼女は彼女で実験中の一方通行にちょっかいをだしています。
そんな凸凹コンビに新たなボケ役が入るのもそう遠くはなかったり……。



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