※逆トリ
「これはなんぞ、名前」
「キムチ鍋です。刑部さんは昨日きんぴらごぼうを食べていたので辛いの大丈夫でしたよね」
「かように赤い液体は唐辛子か」
「はい。基本的に中身は寄せ鍋と変わりはないので後はキムチがお好みかどうかです」
「…名前は毒茸を食して見つける性なのだろうな」
「流石にオール和食も限界ですから、しばらくは食事が異国ものばかりなると思われるので察してください。一応同じアジア圏内の食文化がコラボレーションしているからおいしいですよ。あ、今の文句はスルーしておきましょう」
今から遡ること三日前。かの有名な戦国武将、大谷吉継が我が家に輿と共に降ってきた。いや、歴史は滅法弱いのでそんな人物全くもって知らなかった私は家屋倒壊、器物破損の危機を免れる為に必死で意思疎通を試み、見事お互いの誤解を解いてみせた。とにかく、元の時代に戻れるまで居候と決定を下したのだ。
ちなみに、名前と愛称で呼び合うのは関係の深さ故ではなく、「私は大谷名前です」
「はて、われは養子を取った覚えがない」
「私も親戚に吉継さんがいるのは如何なものいたたたたあ」
「その呼び名はやめい。刑部で構わぬ」
「じゃあ私も名字はややこしいんで名前と呼んでくださって結構です」
と、初対面から何ともフレンドリーな会話と奇跡的な性の一致があったからである。
冒頭の会話を説明すると、当初はまだ西洋文化が浸透していない時代の方だから和食尽くしで通すしかないと思っていたのだが、三日坊主とは正にこれ。
いやはや、料理は出来てもバリエーションがなきゃあ意味がない。
……長期居候を考慮してあげたんだからねっ。
「って、私はツンデレキャラか!」
「やれ、南蛮語は外で頼む」
「ここ私の家ですから。居候の分際で言わな……刑部さん食事中に数珠はいけませんよ」
何で居候相手に武力で脅されているんだ。理不尽にも程がある。
といっても力の差は歴然な訳であるからして抵抗は絶対に無理。
上手くやっていけるかなあ…。
なんて、これからを想像しながら鍋をつつく。対する刑部さんは椅子が嫌いらしく過去から共にやって来た輿に乗りながら食べている。重力を無視して浮いている輿の原理はタイムスリップのそれと同じく水に流しておこう。
「刑部さん」
「何用か」
「せっかくの食事ですし、口許だけじゃなくていっそ包帯取ってみませんか?」
思えば刑部さんが包帯を取るのは食事中、しかも口だけだ。どんな訳か全身ミイラの刑部さんの素肌を拝めるのはこの時だけ。
今は昨日用意した替えの包帯を巻いているあたり、私が寝ている間に付け替えてしまったのだろう。
私も決してふざけ半分で唱えたつもりはなく、今日のような湯気の昇る鍋と包帯はあまりいい組み合わせではないように思えたからだ。実はキムチの汚れは中々取れないのも一理あったりする。
刑部さんは私の質問に一瞬だけ口を歪め、白菜を器に放った。
「……不便はしておらぬ、余計な気遣いは無用よ。それともただの好奇心か」
「一応前者ですが、気にならないといったら嘘です。たまには光に当てないと肌腐っちゃいますよ」
「とうに腐乱しておるわ」
しまった、とんだ地雷に飛び込んだらしい。慌てて豚肉を自分の口に頬張った。
「生まれつきの病よ。同情はいらぬ」
「包帯着用は必須なんですか?」
「そういうわけではない」
「じゃあ外せばいいじゃないですか」
ずっと巻いていたら窮屈に感じません?と目の前の名前は苦笑した。
この者は知らぬ。己の病が今までどれだけ我を不幸にしてきたか、奇異の眼差しを向けられ、酷い待遇を受けてきたか。
醜い、汚らわしい、呪われる、災い、不吉………。軽蔑の言葉は両の手では足りない。それらによってわれの望みは形成されたというのに。
「そうか、なら外そう」
気味悪がられるのは早い方がよいし、何より未来の人間を不幸にするのも悪くない。そう思案しての行動だった。
「ちょ、ストップ…じゃなかった止めてください」
最初に顔布を外し、両の肘までを露わにした所で名前の声がした。少し焦ったような、後ろめたさの含んだ雰囲気を我は知っている。同情にも似た、見下しの視線だ。次に降ってくる低劣な言葉は如何なるものか。席を立った名前は真っ直ぐ我の元まで寄り、躊躇いがちに肩を掴む。左右に揺れる瞳に早う言え、と急かせば覚悟したのか真っ正面から眼差しがわれを突き刺した。
「その……それ以上脱ぐと…」
「困る事でもあるか」
「いやぁ、私から頼んでおいて申し訳ないのですが……何か羽織るものが必要ですよね?」
「……………は?」
我ながら誠に情けない声を漏らしてしまったが気分的には内臓が出かかるほど予想外かつ衝撃だったわけで前者が遥かにましである。
つまり名前は、われの皮膚にではなく、包帯しか身につけていない(戦装束は押し入れに厳重保管されている)われに同情したことになる。
「やっぱり刑部さんだから和服がいいし……というか今まで何故ミイラ状態の刑部さんに納得してたんだ?衣食住の初っ端から出来てないよ私」
「ヒッ、ヒヒヒヒヒ」
「……?変わった笑い声ですね」
「名前の性格程は捻くれたつもりはないがな」
それは失礼な!と文句が垂れたがわれは気にせずこの妙に赤い鍋の具を咀嚼する。今まで何度も尋ねてきた質問を吐いた後に。
「同情の念はないのか」
「まぁ、その肌を可哀相とは思いますよ。でも刑部さんが思うよりこの時代の人間は酷くありませんよ。まず皮膚を見て人の本質が解るわけないじゃないですか」
「名前は正直か不真面目か見当つかぬ。追及すれば素直に答え、問いたださねば永久に本音を言いやしない」
「…嘘をつくよりましだと思います」
「ならわれにはそれを突き通せ」
「じゃあ刑部さんも、嘘つかないで正直に言ってくださいね」
「努力しよう」
「えー」
不平を言うな名前。われに正直になれなどと、戦国の世がひっくり返るような事を成してみせたのだ。三成が聞いたらたまげるぞ。
「約束ですよ」
す、と唐突に出された名前の白くて細い小指をわれは包帯のない左手で無造作に掴んだ
「いたたたたた、刑部さん指折れちゃいます。これじゃあ指折りになっちゃいます。小指を、小指を出してするものですからぁ」
「まあ良いではないか………嘘をつけばわかっておるな」
背後に待機させてある数珠をきらりと光らせれば指の痛さに身もだえていた名前がちぎれんばかりに首を縦に振っていた。
われも三成の事を言える立場でないな。
硝子からこんにちは
早速だが、この鍋は不味い。
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ノリで書いていた逆トリが想像以上に形になりました。シリーズ化の可能性大。