「いーざーやーくーん、聞こえないのかなー?」

「あはは、よく聞こえるよ。シズちゃんの耳障りな声が」

「ならとりあえず死ね」

「相変わらず酷いねぇ。俺なんかした?」

「お前を殺せば問題解決になるから安心しろ」





目の前で繰り返される会話に言葉のキャッチボールなんてものは最初から存在しないらしい。
ただ、いつも会話するときの穏やかさが消えた平和島の声に少なからず私は冷や汗を垂らしていた。


折原が私に覆いかぶさっている為か、平和島は彼がフェンス越しに景色を眺めていると思い込み、私の存在に気付いていない様子。

対する折原はその状況を解っている上で何も言わず、未だ私とおでこ同士を密着させながら饒舌に返事をしていた。それに中身があるかないかは別として。




「問題と言えば、最近シズちゃんと仲良くなった子がいるらしいね」

「お前と話すつもりは毛頭ねぇ」

「まあまあ。シズちゃんみたいな奴でも寛大な心は必要だよ。聞いてくれたっていいじゃない」

「うるせぇうるせぇうるせぇ…殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

まるで何かの呪文のように唱えつづける平和島の声と共に聞こえた金属が潰れるような音は気にしないことにする。
折原とは違う危機感に冷や汗をかきながら、向こう側の情景を想像してみるが何でもありで有名な平和島に対して私の頭は予想出来るだろうか。否、無理である。現に私は哀れな形の教卓を見たことがあるのだから。

ところで、私はいつ解放されるのだ。生憎、地獄の門が見たいと思うほど私の心は冒険家ではない。




「大丈夫だよ」



そう思いつつ頭を上げて折原を見遣れば彼はまた、にこりと笑ってみせた。初対面に近しい間柄なのに、私は正直目の前の笑顔に安心どころか不信感を覚える。

そして折原は一方的な会話を再度始めた。




「仲良くなった生徒……女子なんだってね。驚きだよ、シズちゃんにも女友達なんて出来るんだ」

「うるせぇ」








ちょっと待て。




「何組だっけ?よく廊下ですれ違う度に挨拶してるんでしょ」

「うるせぇ」









それって、もしかしなくても。「最初に出会った場所は屋上だっけ?確か名前は………」

「うるせぇつってんだろうがあああ!!!」






私のことじゃん!というツッコミは勿論できず、平和島の怒鳴り声と靴が屋上を蹴り上げる音が響き渡った。

平和島がこちらに来る。速い。


が、それを予測していた折原の方が速かった。ようやく額を離したかと思えば、私をフェンスに押し付けたまま折原は左に回避する。

つまり、あれだ…身代わりに使われた私の目の前には拳を振りかざす平和島。視線が重なった時には、もう遅い。

















ミヂリッ。

針金のちぎれる音が耳のすぐ傍で聞こえる。どうやら、平和島は咄嗟の判断で拳を顔すれすれにずらしたらしい。
彼の反射神経もさることながら、隣のフェンスの有様にも息を呑んだ。




「穴って……開くもんなんだ」




そこまで言葉を零して、へたりと折れた自分の足。

低くなった視線の先には笑みを浮かべて立ち去る折原。
至極、楽しそうな楽しそうな笑顔だった。


「臨也ァァアアアアァ!!!」




雄叫びを上げ、平和島は屋上から逃げた折原を追って走り出した。嵐みたいな情景は本当の嵐みたいに始まり、終わってしまった。

一人残された屋上には寂しく一陣の風が吹く。





「平気かい?」



だからこそ、視界に入らない所からの普通の問い掛けに酷く驚いたのかもしれない。必死に堪えた悲鳴は喉をしっかり通り、代わりに大きな溜息を出した私の行動に負い目を感じたのか、彼は眉を下げる。




「ごめんね、怖がらせるつもりはなかったんだけど……立てるかい?」

「うん」




差し延べてくれた手をしっかり握って立ち上がる。周りの風景はそりゃあもう酷かったけれど、この心優しい男子だけを視界に捉える努力をしよう。



「そうそう自己紹介がまだだったね。僕は岸谷新羅」

「神村伊織、です」





呼吸が止まりそうになった。
どうしよう…私危険な人物コンプリートしてしまった。
ただ、岸谷は噂に聞いていたより見た目に異常な所はなく、寧ろ人当たりの良い青年に見える。
女性の扱いに長けているのか私への対応も素晴らしいし…女兄弟でもいるのかもしれない。





「神村さんは静雄と友達?」

「そのつもりなんだけど…」





さっきのよくわからない気まずさは一体…。もしかして避けられてたとかして。知り合った時とか無理矢理だったし、実は私の事友達と思ってない?

もう駄目だ駄目。思い出したらどんどん悪化していくよこのネガティブ頭。こんなんだから…だから……。





「じゃあ神村さんで合ってるね。あいつったら名前も言わずに伝言頼むんだから他力本願にも程があるよ。あれ、誤った使い方してるかな俺」

「伝……言?」

「そう」

「あいつ……?」

「『悪かった。今後一切俺と関わるな』って平和島静雄から」










「…馬鹿みたいだね」

「僕もそう思うよ」



ぽつりと零れた感想に岸谷は同意見らしい。岸谷と私の表情は多分鏡のように同じ様子だったんじゃないかと思う。苦笑のような、でも残念さが入り混じった淋しい感じ。

平和島は伝言の時にどんな顔をしていたんだろう。
思考に終わりを告げるように、授業を知らせる鐘が鳴り響いた。








散らばった火の粉をかき集めて








(岸谷はどうして此処に?)(ほら、破損した備品を調査しとかないといけないから)(…お疲れ様です)






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