「伊織さんじゃないですかー」
ゆまっちが信号待ちの間に道路に向かって手を降りだすからなんだろー、てドタチンと一緒に見たら伊織ちゃんが向かい側でピョンピョン跳ねていた。後ろから溜め息が出たような気がしたけど、まーいいや。
交差点のど真ん中で話すわけにもいかないから私達は歩き出さずに、こっちへやってくる伊織ちゃんを待った。
で、お約束のようなやり取りをするのが私達の日課。
「伊織ちゃん、本屋行かない?」
「ごめん、まだ仕事なんだよね。絵里香ちゃん達、新刊確保お願い。後でお金払うから」
「いいっていいって。いつも通り布教用を貸してやんよ」
「おおっとえっりえりにするつもりですか狩沢さん!!伊織さんはそんな健気なツインテール美少女にあんなことやこんなことをするマスターっすね」
「やめとけ二人共。趣味に口出しするつもりはねぇが、伊織を仕事に行かせてやれ」
話が大いに盛り上がる一歩前にドタチンが割って入るのもいつも通り。
「ありがとう京平。遊馬崎、絵里香ちゃんまたね」
「お仕事終わったら露西亜寿司に集合っすよ」
「ドタチンの奢りだからねー」
「了解!」
「ちょっと待て!聞いてないぞ」
訂正をしようとしてドタチンが伊織ちゃんに叫んでも時既に遅し。あっという間に人混みの中に紛れてしまった。
諦めた様子のドタチンはそれでも足掻こうとして私達を少しだけ恨めしく睨む。
「お前らな………」
「いーじゃんいーじゃん」
「それともご馳走になる気満々の伊織さんを非情にも突き放して泣かすつもりっすか!?」
「わー、ヤンデレだー」
「待て。"ヤン"も"デレ"も今の内容に当て嵌まらないだろうが」
「やだなぁ、無から有を作り出すのも一興なんすよ」
「妄想は犬も食えないってね」
「……わかったよ奢ればいいんだろ」
「「やったあ」」
ゆまっちと一緒にハイタッチをして今日頼む寿司のネタをあれやこれやと考えている最中にふと思い出す。
「そういや、ドタチンと伊織ちゃんて付き合い長いよねー。幼なじみ?」
「違うって何回も言ってるだろ。高校二年からだ」
「いやそこからフラグはいくらでも立てられるっす!」
「あいつに萌えを求めるな。一般人よりも面倒なことになる」
そう言い切ったドタチンは、疲れたように額に手を当てる。これから仕事なのに大丈夫なのかなー。
「狩沢、昔から変わらない友人とかいるだろ」
「いるに決まってんじゃん。ずーっと百合専でBLになんの興味も示さない子とかいるんだよー。私が布教しても全然影響されないし」
「…それは敢えて突っ込まないでおくがいいか?」
「そういう話じゃないの?」
「お前が伊織の話を振ったから答えてるんだ」
やっぱり伊織ちゃんの事気になってるじゃんフラグ頂き、っていう台詞は飲み込んでおいた。
じゃないとネタにならないんだもの。ウキウキワクワク気分で私は伊織ちゃんの隠れざるデレ部分を聞いてみる事にする。
「普通の人間は相変わらずって奴も大人になれば世間の荒波や上下関係、友人関係に揉まれて多少なりとも成長をするものだろ。けど伊織は昔から何も変わっちゃいない。変わったのは呼び名くらいだ」
「それは力加減を知らない無邪気な子供のままって意味?」
「学生にしては大人びていて、成人にしては浅はかな人柄って意味だ」
「ドタチンにしては電波な発言だね」
「もっと簡潔に言うなら遊び心を忘れない呑気な大人、か?」
「ゆまっちー、青春男連れてきて。話が進まないよ」
「真面目に話してんだから馬鹿にするな!!」
今日も今日とて
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