高校生になってこの方友人というものを作らなかった。
自ら作ろうと思うことすらなかったし、周りが近づいて来ることもなかった。
俺自身そんなちっぽけな問題よりも殺意を抱く人間…いや、ノミ蟲を始末することが脳内最優先事項だったのだから仕方がないと言われればしょうがない。
ただ小学校の頃から付き合いがある奴を入れるならば冒頭の言葉は撤回しよう。
でもそれは今作った友達でないからやはり冒頭の言葉の撤回の撤回をしよう。
話を元に戻すと俺は友人を求めようが求めまいが、結局一人だったんだ。
何よりこんな規格外の馬鹿力だ。
使って良かった試しなんてノミ蟲駆除ぐらいしかない。
俺が周りの人間のことを一番に考えるなら、距離を置くことだ。
俺を見ないように。俺に怯えないように。俺が傷付けないように。
触れ合わないことが俺にとっての救いになっていた。
そう………"なっていた"
「静雄、お早う!」
「うす」
「あ、寝癖発見」
朝の挨拶と共に伊織は何の抵抗も無く隣に並ぶ。次には俺の寝癖が気になるのか、肩を借りてまで背伸びまでし始めた。
平均身長より少し高い伊織でも俺の頭頂部には絶対届かない。例え髪に触れたとしても寝癖を正す程余裕はないだろう。そう予測して無視していた俺の頭に優しい圧力がかかった。
思考を一端停止させて正面を見ると、伊織のセーラー服の赤いスカーフがゆらゆら揺れている。つまり、胸元が眼前にある。
…あれ、何だこの絵面。
「……見えるだろうが」
「つむじのこと?見えないよ、台に乗っても静雄が高すぎて絶対無理。右回りか左回りか知りたいなら屈んでくれた方が、」
「違ぇ、お前のだ」
「私のつむじが?」
「……………スカート」
「あー平気平気。紺パン履いてるし、あんまり気にしないから」
「そういう問題じゃねぇ」
えっへんとよくわからない自慢をされて苛つくがそこはグッと抑えて、伊織の両脇を抱えて足元に降ろす事に専念する。見下ろせる位置にいた方が何だか落ち着く。
「……………」
「…………………何だよ」
「やっぱり、静雄は優しいね」
今度はにこりと笑って周りの奴らが口が裂けてでも言わないような言葉を発する。
思えば伊織はいつもこうだ。
俺が少しでも厳しくない態度を取ると、まるで呪文のように優しい優しいと連呼している。
最初はその言葉を軽く扱っているか、媚びへつらっているのかと思っていた。
だけど、その言葉が紡がれる度に俺の心は今までにないくらい不思議な感覚に教われる。
催眠術とでもいうのだろうか、自身としてはありえない理想を掲げたくなってしまうのだ。実現出来ないとわかっていても浮かぶ可能性は決して0ではないと、そんな気がしてならない。
「…伊織も寝癖付いてる」
ゆっくりと腕を、力を抜いて手を伊織の艶やかな髪へ伸ばす。
もしかしたら、と縋り付きたくなる理想……それは。
「あれれぇー?シズちゃんが女の子に手を上げてる。分かってはいたけど登校中までぶっ飛んでるね」
頭上までたどり着くはずだった手の平は間もなくグーの形になった。左手に持つ鞄の持ち手が変な音がしたが気にしない。傍にいる伊織から焦りの言葉が漏れるがノミ蟲の戯れ言ばかりが耳につく。
「……し、静雄。落ち着いて」
「ああ大丈夫だ。俺はいたって冷静だ。だからこの状況下で臨也を確実に抹殺できる。全く、朝っぱらからやりたい事達成出来そうだありがとうよ臨也そして死ね」
最後のワードと共に持っていた鞄をぶん投げた。
世界なんて簡単に墜ちる術はいくらでもある、と誰かが言っていた気がする。
俺の世界はただの隣のクラスメイト、神村伊織に呆気なく支配され、構成を組み替えられてしまった。
俺の世界は言葉と、柔らかい笑顔せいで崩壊したのだ。
人として、人間として
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