男女二人が歩いている。随分楽しそうだけれど、男の頬が引き攣っている。明らかにわかるお揃いのストラップは鞄に付いているし。もって一週間。

学生の群れがキャッキャッしながら、ソフトクリーム片手に走り回っている。でもそれは見えない典型的なイジメ。ソフトクリーム持ってない子が一人いる。

旦那さんじゃない男と歩いている主婦がいる。ばれないように気をつけてね。

この前見たOLがぼーっと前を見つめている。荷物が異様に多い。諦めて地元に帰るのか。そういや、数日前に上司にこってり絞られてたたみたいだし。





「彼女、自殺するらしいよ」

「………へぇ、そう?」




隣に現れた男に見覚えは…ない。
手元にあるLサイズのシェイクをからからと回して、横断歩道を忙しく闊歩する人々を見下ろす。
今、目の前にいる人々はただの人に過ぎない。けれども彼らの一つ一つには自分と変わらない長い人生が詰まっている。それが悲惨か喜劇か幸福か絶望か非日常かは知らないけれど。

現に私の隣にいる不審者の男だってどんな過去があるかなんて知るわけがない。

容姿端麗な自分に飽き飽きして女遊びに走っているかもしれないし、内気な性格から借金の連帯保証人に無理矢理されて返済生活、とか。




「彼女さ、社内でイジメにあってたらしいよ。上司だけじゃなく同僚からも。大人気ないったらありゃしない」



私が不信感を募らせようがしまいが男は私が知らなかった彼女の中身を開いて見せてくる。



「へぇ、」

「おや、ご機嫌斜めなようだね」

「そりゃあそうです」

「どうして?今まで見ているだけだった人間を知って不満なのかい」



さらりとこの男は私が何時も此処を訪れていることを知っているとカミングアウトしてきた。
何なんだこいつは。




「ここから見える人達は、あくまでも他人です。深く知り合うこともなければ素性がわかるわけでもない。それで、いいんです」




中身のわからないプレゼントにワクワクするのと同じように、肉と皮で包まれた人間には一体何が入っているのか。想像するだけでいい。




「ふうん、まるでシュレディンガーの猫だねぇ」

「何ですかそれ?」

「ググってみれば」

「お兄さんもそんな言葉使うんですね」

「この俺が"お兄さん"と呼ばれるなんて。池袋もいいけど新宿も捨てたもんじゃない」

「……………はあ?」




いい加減年上とはいえ敬語を外したくなってきた。私のなかでこの男は確実に不審者か変人というカテゴリー内に入る。
その事を知るはずがない男は笑って私を見る。嫌な事に顔立ちがそこそこなので目線を外しにくい。


「そんなお兄さんからのお願い事…聞いてくれる?」




頬に添えられた手はシェイクと同じくらいひんやりとしていて、不快からその手を離そうにも逆に燃えるような紅の瞳が私を捕らえて離さなかった。






「お願い?」

「そ、毎日此処に通い詰めている君にしか頼めないんだ」



男は一枚の紙切れをカウンターテーブルに置く。指でそれを引き寄せて書かれた内容を読み取る。



「つくも…や?」



"九十九"と書いて"つくも"と読むなんとも変わった漢字を怪訝そうに眺めて、次に彼を見る。





「これが何か?」

「とぼけちゃって…往生際が悪いよ。九十九屋の妹、九十九屋名前ちゃん」

「兄貴の周りを嗅ぎ回っている折原臨也さん程じゃないですよ。後、ちゃん付けやめてください」

「おや、俺のこと知ってるんだ?」

「折原さんこそとぼけないでください。なんなら、私が知っている情報を今から洗いざらい話しますよ」

「はは、流石アイツの妹だ」




不審者…もとい折原さんは触れていた手を離してそのまま頬杖をする姿勢に入る。視線は私を貫いているけど、なんとしても兄貴の尻尾を掴んでやるってオーラが見える。私だって暇じゃないんだから早々にお引き取り戴きたい。




「残念ですが、兄貴の所在は知りません」

「俺が嗅ぎ回っているっていう情報を知ってるのに?」

「私の趣味を邪魔しない限りは気にしないつもりだったんで。あ、折原さんについては自力で調べましたから」



面倒な事に発展しないうちにさっさと鞄に財布と手帳を入れて…って、あれ?




「…折原さん」

「なーに?」

「それ、男が言っても気持ち悪いだけですから。携帯電話返してください」

「嫌だと言ったら?」




今度はニヤリと笑う折原さんに私は少々げんなりしていた。この事態にでなく、これからの事態に。
だから新宿って嫌なのよね。






「…何それ」

「さっきから質問ばっかりですよ折原さん。前の質問にすら答えていないのに」



モーションなく取り出した私のも う ひ と つの携帯電話に折原さんは少なからず動揺していた。自分は努めて冷静に、尚且つ素早くメールを送れば、黒電話のベルが折原さんが握り締めている携帯から響いてくる。





「ええと…嫌だと言ったらどうするかでしたっけ?お察しの通りそちらの携帯のデータを吹っ飛ばさせていただきました」




こちらも自分の知る限りとびっきりのこの店名物0円スマイルを見せ付けてやる。





「じゃあ私はここで……そうそう」




鞄を肩に引っ提げて階段まで行った所で私は不服ながらこの場面の急展開に追い付けていない折原さんに声をかけた。





「その電話、兄貴に言われて持っていたダミーです。バックアップとかそれ以前に情報が入っていませんから」

















今日は不幸だ。
趣味は邪魔されるわ、兄貴の騒動に巻き込まれるわ、兄貴の思惑どうりになってしまうわ………何より1番気に食わないのは。


「"九十九屋"って名字はないでしょ兄貴。そんなの偽名で使うものじゃないわよ」









悪魔の噂をすれば悪魔がやってくる















後書きと言う名の補足:
九十九屋真一は偽名という設定です。そこまでしか辿り着いてないんだってヒロインは呆れてます。なので彼女の名前という名前も偽名なんです。更にダミーとか…気が付いたら九十九屋さんが随分と心配性な設定になってるやないか。
前半を書いている間はヒロインが臨也さんに騙されてドロドロに堕ていくはずだったんですけど、何故か九十九屋さん乱入してきた。
しかも臨也くんかなり可哀相。
(※黒霧は臨也くんを心から愛しています)



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