久しぶりに彼の部屋に行った。
しかし、いくらノックをしても返事はない。おかしい。彼は非番の筈だし事前に電話もしておいたのに。ちなみに、合い鍵を所持していないのはしょっちゅうドア鍵が変更されるからで決して関係が希薄だからではない。
思い切ってドアノブに手をかければ、鍵はかかっていなかったようで容易に中へと侵入できた。
「静雄ー?」
彼の名前を呼びつつ、リビングを見渡しても反応は全くない。
まさか、私との約束を忘れて窓の外から見えた大嫌いな臨也くんでも追いかけていってしまったんだろうか。1番嫌な事だけど1番ありえそうな事態に苦虫をかみつぶしたような顔をしてみる私。
なんか臨也くんに静雄を取られた気分だ。
「しっずおぉー………ぅ?」
段々と尻窄まりになった声は睡眠中の彼を起こすまでに至らなかったらしい。寝室にてくかーと可愛らしい息を漏らす私の彼氏平和島静雄。池袋最強の二つ名は何処へ言ったんだか。
私を待っている間に寝てしまったようで、胡座をかきつつ近くのちゃぶ台に上半身を預けている。
「徹夜明けだったのかな」
取り立て屋に徹夜なんてあるか知らないけど、余程疲れているのか近づいても全く反応を示さない。
隣に自分も座ってみて頬をちょんと突いてみる。あ、少し動いた。
段々面白くなってきて今度は指先で首筋を撫で回し、次に耳朶を少しだけ揉んでみた。柔らかい。
耳朶柔らかい人ってエロいんだよね、確か。
中高生の頃に流行った迷信にちょっと笑いながら、未だ覚醒しない静雄の耳を弄り続けた。
「人の耳触って何が楽しいんだ?名前」
「そりゃあ感触がね……って」
前言撤回。
起きてました。
「いつからと聞きたい所だけど、恐らく私が静雄を呼んだ辺りから起きてたんでしょうね。つまり最初から…返事くらいしてよ」
「勝手に人弄くってる奴に言われたかねぇよ」
「寝ていた静雄が悪いわ」
「名前、歯ぁ食いしば……まぁいいや。茶くれ」
「?………うん、いいよ」
おかしい。
何がって、静雄の態度がだ。
異様な沸点の低さでも有名な彼がこうもあっさりと手を引くなんて何だか気持ちが悪い。
良いことに変わりはないんだけど、なんか……ねぇ。
もどかしさが消えないまま、勝手を知っている食器棚から二つの湯呑み、レジ袋からお土産に買ってきたプリンを取り出す。
「プリンに緑茶って…」
「うるさいわね。我が家は和食だろうが洋食だろうがスイーツだろうが緑茶派なの」
いつも言われる横槍にうんざりしつつも、リビングにその二つを置いて静雄を手招きする。
「ほら、一緒に食べよう」
「……こっちでいい」
「どうしたの静雄?さっきから変よ」
「気のせいだっつってんだろ。取り敢えずプリン持って来い」
「はいはいわかりました、っと」
「…………くっ」
またおかしい。
乱暴にプリンを置き、次いで私が座った所で静雄の顔が何故か歪む。
「静雄…まさかの…まさか?」
正座のままちょこっと静雄にくっつこうと移動したら、またびくつく様子に私の推測は確信に変わった。質問に答えずとも今静雄に降り懸かっている災難は手に取るようにわかる。
私はじりじりと慌てふためく静雄との距離を縮めて、ニッコリと臨也くん直伝の(教えてもらった記憶はない)営業スマイルを浮かべつつ、そっと彼の
足を掴んだ。
「…………ーーっっ!!」
瞬間、声にならない叫びと、のけ反りたいが実際に行動出来ないもどかしさから奇妙な動きをしてみせる静雄はやはり奇妙奇天烈だった。手に力を込めると静雄が再びうねうねと上半身のみをのた打ち回らせる。
その姿が笑える限度を振り切った所でようやく私は足弄りを中断した。
「足痺れてるなら早く言えばよかったのに…」
「……うっせぇな、いっ」
「あんまり動かない方がいいよ。大方目を覚ました時に麻痺して、しばらくすれば治るかなーなんて呑気に思ってたら、一寸動かせば悲鳴出るくらいの痺れになっていたんでしょう?」
また足を突けば、唇を噛み締めて耐えはじめる。
「頑張りたまえ平和島静雄くん」
鉄は熱いうちに打て
足が痺れる怪物はいないわ
だから安心してね
後書き:足の痺れには誰も勝てないと思うんだ。
オチがなくてごめんなさい。