「教えて下さい。どうして死にたいんですか?」
目の前の少女は問う。
身なりはごく普通。派手でもなく地味でもなく学生のわりには少し幼い顔つきぐらいしか印象が持てない。ただ、少女と自分が出会っているこの場所に名を付けるなら自殺オフ会なだけで、これさえなければ少女は永遠に普通の人間として折原臨也の脳内の片隅に追いやられていただろう。
状況を元に戻そう。
少女は自殺する為にここに来た。なのにこの質問を口に出した。実に興味深い。もう少し話を聞いてみようと折原臨也は口を開く。
「君は死に理由を付けたいタイプなの?」
少女は首を横に振った。
「いえ、私は死にたい人の気持ちがわからないんです。テレビとかで皆自殺は駄目だとかいってるじゃないですか。それについては何も言いませんけど私はその前提の"死にたい"という気持ちがわかりません。人生において何故自ら死という選択をするのかわかりません。あ、自意識過剰と言われても構いませんが私は幸せですから」
「皮肉なものだね。自殺や死から一番遠い幸福がその死に興味を持ってしまうなんて」
「幸福故、ですよ。幸福だから死の事を知らず、興味を持つ。その気持ちを知りたいと思う。ご存知ですか?幸福が一番死に近いんです」
「それは君の結論だ。俺に押し付けるものじゃないよ。それに俺も死にたいなんて思ってないし、残念ながら最初の質問に答えることは出来ないよ」
目の前の飲み物を一口飲むと少女はくすりと笑みを零す。軽い冗談を聞いたような小さな笑いだった。
「ならこの集まりはお互い何の意味もないですね。ねぇ、あなたはどうしてここに来たんですか?掲示板で書き込まれていた死ぬ理由は結構えぐかったから」
「あえて言うなら人間が好きだから、かな」
「そう。だから…」
少女はまた笑って見つめる。その視線は真っ直ぐなようで、瞳の中に写る景色は決して凡人が見るような生易しいものではない気がした。
「だから?」
我ながら不快で嫌々続きを促してみせると少女は薄い唇をゆっくりと開く。
「だから、あなたも自殺願望者よりも死に近い目をしている」
「俺が?死を?笑わせるよ。俺は自ら死を迎えるつもりはないよ。まだまだ人間を愛し足りないからね。」
「知ってますか?愛も死に最も近いものの一つです」
「君の結論はいいって言ってるだろ」
少し苛立つ、というより不満なのが客観的でもわかった。折原臨也とは言え、愛する前提云々の話を根拠が不明瞭な理論で負かされては嫌に決まっている。
「距離が何だろうとその境界までの歩幅はみんな一緒だ。踏み出すか否かしかない。進めば死者、反対は生者。それでいいだろう?」
でもそれにどう対処すれば良いかはわかっている。論破すべく、また追い詰められた表情を見たいが為に言葉巧みに折原臨也の刃が襲う。
「私は精神的には死に近いですが物理的には程遠いんです」
しかし、少女の顔も口調も心情も嘘みたいに変化しなかった。寧ろ口角が少しだけ上に上がった気もする。
ますます気に入らない。
「なら、俺がすぐ傍まで連れていってあげようか」
折原臨也は低いテーブルから乗り出して、彼女の胸元にフォークの先端を突き付ける。少女の瞳は一瞬開いたものの、また普通に戻ってしまった。
「言ったはずです。私は死を選択する人の気持ちがわからないと。逆にいえば生に執着しているんです」
す、と少女は仕返しのように折原臨也の胸にナイフの如く人差し指を差す。端から見ればなんと異様な光景だろう。
「言わば、死んだ目をした聖者、ですかね」
「君、万年中二病でしょ」
「甘楽さんには言われたくありません」
少女の笑みは全てを見透かしている…………ふりをしているだけなのだが、ありきたりな人間とは違う新鮮さを感じた。
少しだけ、付き合ってあげよう。
嘘みたいに幸せな箱入り娘に。
「とりあえずさ、せっかく料理もあるんだし乾杯でもしようよ」
グラスを掲げれば、少女も嫌々ながらゆっくり持ち上げた。
愛と死と青春と
ゆっくり
振り上げて
切り落として
絶望させてあげよう
(ちょっと何あの人達?)
(さっきまでの不審さが嘘のように今は食事しているけど…)
「最近の鶏はモモ肉を大量生産する為に足が4本あるように品種改良されているんだよ」
「そうなんですか。私も聞いたことありますけど人工着色料不使用の食品って着色に虫の体液を使っているんですよ」
「じゃあ今君が食べているストロベリーソースなんてピッタリじゃないか」
「甘楽さんの食べているチキンソテーもピッタリじゃないですか」
((現在進行形で空気が異質過ぎる!!))
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臨也くんは相手の持論を打ちのめすのが好きそうです。
壊すんじゃなくて打ちのめす。
相手の意志や思い入れが強ければ強いほどやる気も爽快感も上がると思うんだ。
でも相手が強すぎると苛々付いたり毛嫌いするんだろうな。
でも絶対勝つ。
ちなみにお互いが述べた二つのどちらかが本当で嘘です。