コトコトと煮込まれたシチューからふんわりとホワイトソースと野菜の香りがする。
味見をしたら、風味が少し強かったけど調味料でどうにかなる程度だった。うん、我ながらよくできてる。
市販のルーを使わないで一から作ったから時間はかかったけど、その分色んなものがここに溶けている気がする。気持ちとか、そんな抽象的なものだけど。
栄養があって、あったかくって、それでいて美味しいものを作りたくて、作ってあげたくて、考えた末に王道のシチューに落ち着いた。
北海道ってシチューのイメージがあるって、前に木佐さんも言ってたし。多分、嫌いではないと思う。
そろそろいいかなー、と思って火を止めたら、ちょうど玄関が開く音がした。
「ただいまー」
「あ、木佐さん。お帰りなさい」
火を止めて、振り向けば愛しい人の姿があった。
目があうと一瞬嬉しそうな顔をしてくれる。すぐに逸らされてしまうけど、そこがまた可愛い。
「今日、シチューなの?」
「はい、今ちょうどできたところです。すぐに食べますか?」
「うーん…じゃあそうする」
「わかりました」
木佐さんが手を洗いに行った間にシチューを器によそる。野菜がバランスよく入るように気をつければ、自然と彩りも綺麗になった。
「おー、美味しそう」
「あんまり期待しないで下さいねー」
「雪名が作ったなら美味しいだろ」
不意打ちの言葉にちょっと驚いた。照れてないから無意識だろうな。でも今の発言で、嬉しさから胸の中があったかくなった。
あ、気がついたみたいだ。顔が赤くなった。ああもう、可愛いなあ。
「冷めちゃいますよ、早く食べましょう?」
「あ、あぁ、うん」
食べる前から顔があったかそうな木佐さんが可愛い。
シチューを無視して抱きしめたくなったけど、仕事帰りの木佐さんはきっと空腹だからここは耐える。抱きしめたら色々止まらなくなりそうだし。
手をあわせて、いただきます。
やっと落ち着いた木佐さんが、一口食べて「美味しい…」と一言。
それを聞いて、正直安堵する。時間をかけて良かった。
「雪名」
「何ですか?」
「これさ、もしかして一から作った?」
「えっ…?」
本日二度目の驚き。
まさか気がついてくれるとは。それも一口で。
「あ、違ったか?」
「いえ、確かに全部作りましたが…」
「が?」
「よくわかりましたね」
素直に驚きを伝えたら、木佐さんが怪訝そうな表情をする。
「あのなぁ、それくらいわかるって」
「そうですか?」
「…まあ、一応、俺も少女漫画の編集だしな」
「…?」
味覚と少女漫画の編集になんの関係があるのか。少し引っかかる。
一瞬疑問に思った。
でも、答えはすぐにわかった。
さっきより赤い木佐さんの顔。逸らされた視線。気恥ずかしそうな表情。
あぁ、そうか。
自惚れとかじゃなくて、確信をもって理解した。
作ったのが、俺だから、か。
「木佐さん!」
「…何?」
胸の中に、この人への愛しさが溢れてくる。
「もう、何でそんなに可愛いんですか!?」
「はぁ!?お前、何言って…」
「だって、さっきのとかその前のとか、マジでやばいですって!」
「いや、それはだな、えっと…」
オロオロしだした木佐さんが、もう本当にどうしようもなく可愛い。
この人の一言一言で、舞い上がる俺はきっと単純なんだろうけど。でも、
「木佐さん、可愛いです!」
「…うるせぇ」
この人がいるから、俺の世界はキラキラしてるんだ。
絶対に。
end