蘭拓←マサ
蘭丸くん外道
内容がいやらしいので一応注意



「おい、狩屋」

俺と霧野先輩以外誰もいない部室で、ほどけた靴紐をひとり結び直していた俺はふいに投げられた先輩の言葉に顔をそちらへ向ける。霧野先輩の顔はいつもにも増して嫌味ったらしい顔をしていて不愉快だ。綺麗な顔が台無しだ、だと思ったものの、特に深い意味はない。だって俺は目の前の先輩じゃなく、また別の先輩を綺麗だと思っているから。
急に話しかけられたけれど先輩からその続きの言葉は投げられることはない。その口は変わらずに弧を描かれている。不気味でしかたない。

結び終えた俺は重い体を起こして先輩と向き合う。それでもなかなか話そうとしない先輩に苛立ち、なんですかと少し乱暴に返してみた。この先輩はいつだって心が読めない。何を考えているのかすらわからない。だから尚更この先輩は恐怖でしかなかった。


練習後の蒸し暑い部屋にすっと息を吸い込む音がする。二人しかいないこの広い部室では、その音が俺の耳にやけに大きく入ってくる。この不気味に漂う空気のせいか、たらりと流れる冷や汗は俺の頬を濡らして、そのまま。

「お前、童貞だろ」

そんな空気の中、霧野先輩の凛とした声が響き渡る。この際聞かれた内容なんかはどうでもいい、ツッコミをスルーするしかない。
どうしてそんなことを聞くのか。俺が童貞だろうが非童貞だろうがこの先輩には関係のないことだ。呆れた俺に先輩は喉を鳴らす。

「…だからなんだってんです?」
「なんだ、つまらない奴だな。恥ずかしくないか?中学生にもなって童貞だなんて。早い奴なんて小学生で童貞卒業したやつもいるぞ。」
「……俺には関係のない話です。」

小学生の分際で童貞卒業?笑わせる。最近はとんだマセガキが多いらしい。文化が進んでいると思ったが、まさかそこまで進んでいるとは。
それに小学生で童貞卒業したからなんだと言うのか。中学生で童貞だからなんだと言うのか。なにをそこまで性急にセックスを済ます必要があるのだろうか、競ってるわけでもあるまいし。俺は中学生で童貞だなんて別に恥ずかしいとは思わない。好きな人しか抱きたいとは思わないし、かといってシたいとも思わない。確かに俺たち中学生は年頃だしそういうことも少なくはないだろうが、好きイコールセックスに繋げるのは随分可笑しい。好きな人なら大事にしたいものじゃないのか。それにそういう人ほど女を日に日にコロコロ変えていく、それはもう癖みたいなもの。セフレ染みた遊びにこちらが笑えておかしく思えてくる。俺は誰とでも寝てそうな、そんな尻軽に興味はなかった。

「ふうん。ま、俺は小学生で童貞卒業したひとりだけどな。」
「…へえ」

至極どうでもいい。けど、確かに先輩ならそうなってもなんらおかしくはないし、それに何人もの女と寝てそうだ。顔がいいとこれだけ得なものなのか。他の男どもが羨ましいと唇を噛み締めるだろうけど、俺にとっては気持ち悪い他ない。好きでもない女と寝て、悪ければ別れて。恋愛は遊びじゃないんだぞとどこかで聞いた気がするが、こうなっては遊びと表記するほうが正しい。俺はそういう奴等がわからないし理解したくもないが。

「相手は?霧野先輩が相手だからさぞかしその人も喜んだでしょうね。」
「ん?ああ、悦んださ。」

それを思い出してか、先輩はいやに赤い舌で唇を舐めた。その動作が厭らしくて俺は無意識にふるりと身体を震わせる。この先輩はこれだから苦手なんだ。
それにしても、先輩をそこまで昂らせる相手なんてキャプテン以外にいたのか。認めたくないけど、霧野先輩とキャプテンはイコールと考えていた。今では付き合っているこの二人が、小学生の頃はお互いそうでもなかったんだと少し安堵した。霧野先輩を思い続けているキャプテンだなんて随分面白くない話だ。だって俺はこんなにもキャプテンに惹かれている。惹かれた月日は霧野先輩より短いだろうけど、キャプテンを好きな気持ちは霧野先輩にだって負けてないはず。



「だって相手は神童だからな」

「……………え?」

くらり、激しい目眩がして咄嗟に足に力を入れる。聞き間違いか、そう思ったけど霧野先輩の口角がつり上がっているのを見てそうじゃないんだと実感する。
そんな、まさか。先輩の相手がキャプテンだったなんて。
これまで俺の中のキャプテンは汚れのない、俺の理想の人だったのだ。それが霧野先輩の一言で、それが一瞬にして崩れ去る。
嘘だと思いたい。質の悪い先輩の冗談だと。けどそれを問いただすのを臆して、「本当だ」と言われて傷つくのが嫌で、俺はただ拳をつくって力いっぱい握りしめた。力の入れすぎて腕全体が震え出す。

「幻滅したか?お前の憧れてやまないキャプテンが汚されてた、なんて。」
「そんな」
「そうだよな。しかも相手はお前のよく知る俺だもんな?」
「…」
「なあ、どんな気持ちだよ。憧れの人が汚されてたって知ったときの気持ちは。」

本当にこの先輩は不愉快で吐き気さえする。先輩は幻滅した俺を楽しんでいるに違いなかった。透き通る瞳は細められて、俺を見下している目には恐怖さえ感じる。やはり霧野先輩は嫌いだ。相手の心情になんの戸惑いもなく土足で侵入してくる。そして終いにはさんざん遊んで散らかして、そうして出ていく。神経はどうなっているのだろうか。

「…下衆ですね、アンタ」
「そりゃどうも。狩屋クン」

こんな人に好かれて、こんな人を好きになってしまったキャプテンが憐れで仕方ない。でもキャプテンは合意の上で抱かれたんだろうなと考えれば、キャプテンはそれで良かったんだなと思う。

「あ、ちなみに」
「え」


「神童泣いてたな、」
「…………は?」

どうして、合意の上でシたんだから泣くことなんてないはず。挿れたときの痛みで泣いたことを言っているのだろうか、でもそれならみんな同じだろう。俺はセックスしたことないからわからないが、聞く限りそうだ。



「だって、俺が無理やり犯したんだから」



俺は、霧野先輩を理解することは一生ないだろう。