銀魂/土沖




つん。部屋に充満する異臭のせいで沖田は顔をしかめる。その元はというと、この部屋の主からきたものだ。要はその人が煙草を吸っていて、沖田があまりの臭さに顔をしかめたのだった。その人、沖田の上司である土方は涼しい顔をして気にしてなさそうだ。それもそのはずか、と沖田は小さく溜め息を吐いた。
目の前の上司を蹴りたい衝動にかられたが、それはそれでめんどくさいことになりそうなのでやめた。この人を弄って遊ぶのは別の機会でいいだろう。沖田はちらりと土方から視線を外した。そうして襖が少しだけ開いてるのに気づく。そんな中途半端に開けても煙は外へ出ていかないだろうに、そのまま癌になって死んじまえ。沖田は聞こえないことをいいことに、心の中で毒を吐いた。


「くさい」
これだけは言ってもいいだろう、と口を動かした。その声に合わせて土方の黒い瞳が沖田を見たがそれも一瞬のうちで、また視線は戻された。
「なら外へ行ったらどうだ」と、この部屋から出ていけばいいじゃないかと土方は答えた。それがなんだか素っ気なくて、冷たい気がして、自分は仮にも恋人なのにと一人愚痴る。
外は天気もよく散歩日和で、先程局長の近藤が元気にお妙のストーカーをしに出ていってしまった。今日も元気ですね、と山崎が近藤に言い放った台詞はまだ記憶に新しい。日差しもよく、風は少し冷たいからちょうどよい天気だ。そんな快晴に沖田がこの部屋を出るのをぐずるのは、めんどくさい以外にもなにか理由があるからだろう。沖田は目線を下げるだけで、部屋から出ようとはしなかった。そんな沖田に土方は頭にはてなを浮かべる。

「…出ていかないのか」
「……」
「オイコラ 総悟」
「うっさい ニコ中」

お前の為を思って言ってやってんだぞ。土方はそう言おうとしたけれど呑み込んだ。これではまるで、自分ばかりが沖田のことを思ってるみたいじゃないか。そう思い至った。沖田のことを考えていないわけではない。けれど、自分だけ沖田に矢印が向いているみたいで納得ができなかったからだ。どちらも素直じゃなく言葉足らずで、そして頑固だった。

「…めんどくさいんで。このままアンタの部屋で不愉快な煙に包まれながら傍にいてあげますよ。」
「……は」
「えっ …………あ、」

煙に包まれながら、までは嫌味ったらしく言ったはずだ。なのに沖田は口を滑らせて「傍にいる」と大胆な発言をしてしまった。言ってから気づいたのか、透き通るような肌が徐々に赤みを増していっていた。耳まで赤く染まるまではそう時間はかからないだろう。

「…総悟」
「や あの、違うんでさァこれは口が滑っ…」
「口が滑って?」
「だ だから…ああもう!」

これ以上喋るとまた余計なことを言ってしまいそうだ。沖田はおさまることのない赤い頬のまま土方を睨んだ。それが土方を煽るとも知らずに。

黙った沖田をいいことに、土方はその額に軽くキスを落とした。沖田は短い悲鳴をあげてますます顔を真っ赤にさせた。その顔が林檎と比べてもいいくらい真っ赤で、土方はくすりと笑った。
今は額だったけれど口にしたら煙草臭いだろうなと考えるも、別にいいかなと納得して沖田は「もっと」と小さく呟いたのだった。