円←グラ←レゼ←ディア




「レーゼ様、好きです」
俺がそう言えば、あの人は決まって柔らかく、けれどどこか悲しそうな顔をして笑うのだ。俺はそんなレーゼ様になにか言うでもなく、ただただ微笑み返すだけなのだ。ああ、これでこの意味のない告白は何度目だろうか。そんなこと指を折るだけじゃあ指が足りやしない。
目の前のこの人がこういう反応をすると知った上で告白する俺もどうかしているのか、そもそもこれは告白などと呼んでいいものなんだろうか、俺にはわかりやしなかった。こんなことを飽きもせず何度も繰り返して、メリットなんてあったもんじゃない。かといってデメリットもない。要はなにもプラスにならないし変わりはしない。俺だけの自己満足といえばそうなんだろうが、言ってしまえばそうでもない。言ったあとに残るのは虚しさだけ。なら言わなければいい、そうは思ったものの自然と口から出てしまう俺はどうかしてるに違いない。

「レーゼ様 レーゼ様」

どんなに俺が彼の名を呼んだところで彼が振り向くはずもなく、からっからの空気に俺の声だけが響くだけ。
どんなに手を伸ばそうとしたところで掴めるはずもなく、ましてや向こうから手を差し伸べるはずもない。伸ばしたままの手は空気だけ掴んで、彼の手を掴むことなんて、触れることなんてできやしない。

だから俺がどれほど彼に「好き」だのなんだの呟いても彼には戯れ言にしか聞こえないだろう。それほど、俺の一つひとつに意味はない。
その控えめな、ちいさな唇で俺を呼んでくれたら、と。そう考えたことはあるが自分が憐れに見えそうでやめた。彼が呼ぶのは、手を伸ばすのは、いつだってあかいその人にだけで。柔らかく微笑むのもその人にだけで。
俺片思いなんじゃないか、実るはずもない。そう思ってその人たちを見ていたがどうやら俺の勘違いだったようで、あかいその人はまた、違う誰かを見ていたようだった。あかいその人がみる太陽みたいなそいつは、俺には眩しすぎるほど明るい。


「グランさま グランさま」
「でね、円堂くんが…ああ、レーゼ。どうしたの」

それでも太陽みたいなそいつに勝ろうと、あかいその人に振り向いて貰おうと一生懸命にアピールするレーゼ様は見ていて辛かった。レーゼ様も無駄だと諦めているんだろう、だけれど足掻くしかできず、黙ってみていることなんて辞書になかったに違いない。
それに比べ、俺はみていることしかできないようだ。俺の好きなみどりの彼があかいその人と話をしていても、どこか他人事のように見ていたのだ。みどりの彼の恋が叶うはずがないと、自ら決めつけてしまっていたのだろうか。



「諦めたらどうですか」
無意識に、デリカシーの欠片なんてあったもんじゃない。みどりの彼にそう呟いていた。
黒い瞳は驚きに見開かれたけれどそれも一瞬のうちで、すぐいつもの表情に戻った。笑っているような気がしたけれど、それはきっと気のせい。

「諦めてるよ」
「ならどうして」
「どうしてだろうな、諦めていると頭ではわかっているつもりなのに…身体が、声があの方を求めてしまう。」
「……」

それでも諦めてしまえと、無理に関係をぶち壊してしまえ、と言えるほど俺は無神経じゃない。どこか遠くを見つめているレーゼ様に俺は「そうですか」しか言えなかった。

「俺なら幸せにしてあげれるのに」
そんなドラマのくさい台詞のような言葉が頭を過ったが、馬鹿だろうと鼻を鳴らした。彼の幸せを俺が語っていいもんじゃない。自分の幸せは自分が。他人の幸せは他人が。個人こじんでしか幸せなんて叶えられやしない。ましてや俺みたいな、自分が幸せになれていないのに他人の幸せを叶えようとするなんてできるはずもない。


「だから?」
「だからって…」
「だからなに?俺にあの子を好きになれって言いたいの?」
「そういうんじゃ、」
「そうだよね。自分じゃなにもできやしない、でもあの子には幸せになってほしい。自分はそれに相応しくない、だから俺に頼んだんだろう?」
「…」
「知ってる?それ」

自己満足って言うんだよ。
その言葉にひくり、顔がひきつる。

「俺があの子に愛の言葉でも囁けばあの子は幸せになる?違うよね、俺をよく知ってるあの子のことだから悲しくて泣いちゃうよね。結局君はね、ただの自己満足にすぎないんだよ。自己満足で、あの子の幸せを自分勝手に、君が叶えようとしているだけなんだよ。」
「ちが、」
「それに幸せにできない、んじゃない。君が、自己解決でそう決め込んでいるだけだろう?自分を棚に上げて、かわいそうなあの子を見下ろして、どう 楽しい?」
「ちがう!!」

翡翠色の瞳がギラつく。今にも声を上げて笑いそうなあかいそいつに一発殴ってやりたかった。でも身体が動かない、なにかに張り付いたみたいにぴくりとも動きやしない。

「わかっているんだろう?すべて。」
「…」
「あの子も、俺も、そして君も、幸せとは程遠い人間なんだよ」
「…でも、手を伸ばすくらい、」
「無理だね。君は夢を見すぎているよ」

目をいっそう鋭くさせて、そいつは俺をみる。その目には誰だって映ってなんかいなかった。
ひゅっと、渇いた喉から出た。そうして思うはみどりの彼で。
俺の中の彼は泣いていて、泣き止むことをしらない。その姿が目の前のあかいそいつと酷似していて、なぜだか俺も泣きたくなった。