グラ→←レゼ←ディア前提ジェミニストーム
ゲームの記憶喪失ネタ 捏造注意






みんなして悴む手を擦りながら雪道を歩いて、縺れそうになる足を喝を入れて進み続けた。雷門に負けて追放された俺たちは皆散り散りになり、真っ白い雪の中で各々目を覚ましたことだろう。独りでは心細いのか、そうして散らばったはずのジェミニストームのメンバーは自然と集まっていった。皆ユニフォームのままで、寒さを防ぐものなど持ち合わせておらずメンバー同士でおしくらまんじゅうでもするかのようにして凌いできた。そんな中、キャプテンだったあの方だけが集まらず、皆不安の色を隠せないでいた。目立つ緑の髪だから直ぐに見つかるだろう、そう俺は言ったものの、残念ながら元気づけることはできなかったらしい。
その状態が何日か過ぎたあと、カロンがふと呟いたのだ。「レーゼ様、死んでないよな。」それを聞いてガニメデ達が慌てて彼の口を押さえた。俺はざわ、と嫌な感じがしたのだ。まさかとは思うが、そんな、あの方がこんなことで死ぬはずない。気持ち悪い汗が頬に伝うのを感じて、こくりと生唾をのみこんだ。下らないことを言うな、そう俺は皆に喝破して雪を踏みつけた。


「レーゼ様…一体どこへ…」
「向こう探したっけか?」
「全部真ッ白デワカラン」
「こっちは」
「そっちは」

駄目だ、みんな落ち着きを無くしている。キャプテンのいないチームはあちらこちらへと散らばってしまう。俺がなんとかしなければ。あの方がいない今、俺があの方の代わりになってチームをまとめなければ。震える腕に構わず、声をかけようとした。その時、

「……あれ、」
「あれは…」
「レーゼ様…?」

レーゼ様。そう口々に言い出した皆に反応して目線の先をみる。今は吹雪じゃないから良かった。目を凝らすと、その先には見知った緑の髪が此方に近づいているのが見えた。顔はぼやけて見えないが、あの髪形はまさしく。

「………レーゼ様……!」

気付けば皆して走って、レーゼ様の元へ向かった。段々と近くなるその姿はやはり予想していた通り、レーゼ様で。「ほらな、俺の言った通りだ」とふざけたことを抜かすカロンに一斉にして冷たい視線が集中した。

「はあっ…はっ…れ レーゼ様!」
「レーゼ様!良かった…!」
「みんな心配してたんですよ!」

「……」

「…………レーゼ様?」

呼び掛ける皆に、レーゼ様はただじっと凝視していた。おかしい、チームの誰もが思ったはずだ。肩を揺すっても、ただ彼は俺たちを見つめるだけで返事はしないのだ。黒く塗り潰された瞳を瞬きもせずに見つめる。そこで俺は先ほどの嫌な予感を思い出してしまってぞくりと震えた。唇が乾いて、声が震えそうだった。それは最悪の形で知らされることとなる。


「…すまない、お前たちは誰だ?」
「………………え?」
「レーゼ様…?」

どくり、心臓の音が一段と速くなる。的中してしまった、最悪の事態が。嘘でしょ、と信じられないような目でパンドラはレーゼ様を見る。それもそのはず、俺たちは前までずっと一緒にサッカーをしてきた。それこそ昔からずっと。それなのにたかが数日で自分たちのことを忘れるなんて、そんな。

「レーゼ様、俺です…ディアムです!」
「でぃあ む…?」
「レーゼ様…俺たちのこと忘れ……」
「そんなことあるはずないだろ!なあ、レーゼ様!」
「レーゼ様!!」

「………ひと違い…じゃないか?」

不安げに眉を寄せて、静かにそういい放つレーゼ様は俺たちの知るレーゼ様じゃなくて ましてや馴染みの緑川リュウジでもなかった。このひとは、誰だ。俺たちの知っているレーゼ様は偉そうで、真面目でかつ不器用で。時々素に戻って柔らかく笑うレーゼ様だ。このレーゼ様はちがう。物腰が低いレーゼ様なんてはじめてみる。

「れ、レーゼ様!ボールです!」
「これは……」
「みんなでこのボールを蹴って、昔よく遊んでたんですよ!」
「そ…そうですよ!ボール追っかけて、泥だらけになって帰って…叱られたじゃないですか!」
「……」

パンドラから渡されたサッカーボールをじっと見て、何かを考えるように難しい顔をする。このサッカーボールは収集所から見つけたもので、俺たちが学校を破壊していたボールとは違った普通のボール。これでなにか思い出してくれたら、と淡い期待をするもののレーゼ様の表情は変わることがなかった。



そのあとで聞いた話だが、地名などの基本的なことはわかるものの俺たちに関する記憶 つまりエイリア学園やお日さま園、自分のことと言ったものすべてがごっそりと抜けてしまっているらしかった。それもエイリア学園を追放されたからなのか、その処罰が追放だけじゃ飽きたらず、キャプテンだけの記憶を消してしまうなんてやり方に理解できるはずもなかった。
すべてはあいつの、グランの考えか。父が命令したのであろうそれを、あいつは聞き入れたのか。仲間をなんだと思っている。今まで一緒に過ごしてきた仲間に、そんなことをするグランの性格はどうにかしてるのか。俺は昔からグランに、ヒロトに苦手意識を持っていた。初めてみたあの笑みに、信じられないほど冷や汗をかいた覚えがあった。性格も優しいそれが、時に冷たくなるときがある。そんなヒロトが解らなかった。それがここにきて一気に嫌な方向へと向いてしまった。やはりあいつは嫌いだ。易々とレーゼ様の記憶を消してしまう。ヒロトは昔からレーゼ様…リュウジと仲が良かったはずなのに、それを。

「………レーゼ様、俺たちと一緒に来てくれますか?」

だから、そんなレーゼ様を放っておくことはできずこう言うしか術はなかった。もとより、記憶喪失とも呼べる状態のレーゼ様を置いておくことは考えてなかった。俺たちと一緒に来れば、レーゼ様の記憶が戻るかもしれない。そんな期待を寄せながら。




「で、その時レーゼ様がイオを怒って」
「あれはギグが悪い」
「どっちもどっちだろ。」
「あっ そういえばゴルレオが」
「あー カロンがちょっかいだした話だろ?」
「それそれ」
「だってゴルレオが面白い反応するからよー」

「それでですね、レーゼ様」
「……」
「…レーゼ様?」
「賑やかだな、このチームは」

嫌みったらしく聞こえるそれは、俺たちを不快にさせなかった。ふんわりと優しく笑って、あどけなさを感じさせるその笑みは俺たちのよく知っているもので。久し振りに見た笑顔に安心を覚える。だって記憶をなくしてからというもの、レーゼ様は悲しそうに眉を寄せるだけだったのだ。それに心があったかくなって俺もつられて笑ってしまった。いつか記憶は戻る、そう信じて。


そんなときだった。そんな俺達をどこか遠くで見ていたみたいにあいつは突如現れた。俺としては二度と会いたくなかったというのに。舌打ちをしてしまいそうになるのをなんとか堪えて、レーゼ様を庇うように前に出る。レーゼ様はわけがわからないらしく、俺と目の前のそいつを交互に見るばかりだ。

「やあ、ごっこ遊びは終わりかな?」
「なんの用だ…!」
「残念だね。俺は君に用があるんじゃない、あの子に用があるんだよ」

そうしてそいつ、グランはレーゼ様に指を指す。やめろ、これ以上レーゼ様になにをする気だ。
はっと息をのむ俺に小さく笑って、横をすり抜けてレーゼ様のところへと行こうとする。行かせまいとした俺はグランに制止をかけた。

「レーゼ様に触るな!」

だけれどグランはそれを聞くはずもなく、あっさりと俺の横をすり抜けてレーゼ様へと手を伸ばす。レーゼ様は思考が働かないのか動かないままだ。いや、動けないのかもしれない。今のレーゼ様は、蛇に見込まれた蛙そのものだ。

「レーゼ、久しぶりだね」
「あ…あ、貴方は…?」
「少し記憶を弄っただけなのに俺のことを忘れちゃった?」

「グランだよ、グラン」
「グラ、ン」
「そう」

俺達に聞こえるか聞こえないかくらいの声で、レーゼ様はうわ言のようにグランの名を繰り返す。
やめろ、それ以上は、


「…ぐらん…さま…?」

レーゼ様がそう言った途端、呻き声を上げて頭を抱えて座り込んでしまった。近くにいたパンドラとイオが慌てて駆け寄る。
俺はなにもできず、ただその光景を見ていることしかできなかった。足が石みたいに動かない。驚愕とした表情でレーゼ様を見ればグランがこちらを見て笑った気がした。
貴様は、貴様はどこまでレーゼ様を掻き回せば気がすむんだ。
そうしてグランは独り言か、小さく呟いてまた笑みを深くしたのだった。


「お前が俺のことを忘れても、俺は何度だって思い出さしてあげるよ。」


結局、俺にはグランの思考を理解することなんてできやしなかった。