天←マサ←輝で天マサに輝マサ



俺は輝くんがすきだった。柄じゃないが、懸命にアプローチなんかしたりした。だけどいつまで経っても彼は振り向いてはくれなかった。告白なんてしてもどうせフラれるだろう。フラれて傷付いて、今までの関係を壊すようなことはしたくなかった。だから輝くんのことは綺麗さっぱり諦めて、違う恋を探そうと吹っ切れたのだ。そうして次にそんな感情を抱いたのが、天馬くんだった。



「はい、狩屋。ドリンク」
「あ…ありがとう…」

天馬くんといることで俺は癒された。これまでの辛い出来事が水のように流れていくように感じる。
渡されたドリンクを飲んで、ちらりと天馬くんをみると信助くんと話をしているようだった。天馬くんは俺だけじゃない、みんなにだって平等に優しい。そんな明るい天真爛漫な性格だから好かれるのも無理はない。
だけど俺は面白くなかった。嫌な性格の俺は、そんな天馬くんの笑顔が俺だけに向けばいいのにって思ってしまう。酷いやつだ。こんな俺じゃあ天馬くんと正反対じゃないか。好かれるわけないじゃないか。そこまで考えてふと脳裏に過ったのが輝くんの顔で。
そんなことじゃあ前となんらかわりないじゃないか。ここで諦めたら、前の輝くんがすきだった頃と同じじゃないか。ぎりっと唇を噛んで、俺は待った。天馬くんならきっと俺の気持ちに気づいてくれるはず。応えてくれなくても、それでもいい。天馬くんに知ってほしかった。俺のこの気持ちを。それに前の自分には戻りたくない。そんな思いがこんがらがっていれば、監督から休憩終了の呼び掛けが聞こえた。


練習が終わって着替えていると、天馬くんが信助くんをつれて俺のところまできた。その顔はすごく楽しそうだ。練習後だというのに疲れを感じさせない天馬くんは、見ていて感心させられる。高鳴る心臓に顔を熱くさせた俺は、横目で天馬くんを見たあと視線を床に下げた。とてもじゃないが、恥ずかしくてみていられなかった。天馬くんと信助くんはそれに気づくはずもなく、変わらないトーンで俺に話しかけてきた。

「ねえ狩屋!帰りに俺の家に来ない?」
「えっ…」
「信助は来るって!剣城はわかんないけど…」
「……あ、ああ」

一瞬、あるはずもないのに二人きりかと期待をしてしまった俺が馬鹿だった。天馬くんは信助くんと仲がいい。その信助くんを差し置いてなんてことは天馬くんがするはずないのに。
俺はとりあえず了承をして、着替え終わったからユニフォームを鞄にしまい鞄に手をかける。

「あっそうだ、輝も来る?」
「…!」

輝、の名に動揺してしまった。血の気が引いたようだった。
恐る恐る輝くんをみれば、嬉しそうに「いいんですか」とはしゃいでる輝くんが見える。じゃあ輝くんとも天馬くんの家に行くことになるじゃないか。部活のときでさえ居心地悪くて話しかけてもないのに、部活が終わってまでそんな空気の中にいたくはない。
結局俺は、あの時から輝くんにどう接していいかわからず、なかなか話せずにいた。友達と思って接してきた頃はどうやってきたんだっけ、どんな話をしていたんだっけ。悩んでも浮かんでくるのはすきだったあの時の記憶で。
もしかしたら、友達だと思って接していた時より恋愛のそれだと気づいて接してきた時のほうが長かったのかもしれない。そういくら悩んでも浮かばず、はたからみたら避けているようにしか見えないかもしれなかった。

「狩屋くん」
「…あ、ひ 輝くん…」
「狩屋くんも天馬くん家行くの?」
「え…う、うん」
「……そう」

たまに今みたいに輝くんから話しかけてきてくれるんだけど、決まって話終えると悲しそうに眉を寄せるのだ。前はそんなことなかったのに、最近じゃあずっとだ。そんなに俺と話すのが嫌なんだろうか、なら話しかけなければいいのに。輝くんは優しいから、みんなに優しくしているんだろう。そんな輝くんの性格は、俺がすきだった理由のひとつだ。
でも話しかけられる俺も俺で、吃る上に簡単な返事しかしない。そこでいつも会話が切れてしまう。実際には俺が切っているのに変わりはない。

「なにしてんのさ輝、狩屋!」
「早く行こう!俺の家まで競争だ!」
「それはないよ天馬!ちょっと!」

さっさと行ってしまう二人に呆れて、まだ着替えてる先輩たちにお疲れ様でした、と声をかけてから輝くんと一緒に天馬くんたちを追いかけた。剣城くんは来ないらしい。
気まずくしているのは自分なのに、この気まずさがなくなればいいのにと思う俺は無責任だ。黙ったままの輝くんを盗みみれば、輝くんはなにか考えてるような顔だった。



あれから天馬くんの家に行って、それぞれ今日の練習のことや授業のことを口々に話す。俺はただ冗談言うか相槌を打つくらいしかしなくて、ほとんどみんなの会話に耳を傾けることしかしていなかった。というより、天馬くんが楽しそうに話してるのを見たかったからもあってか参加しなかった。高めの声が、俺の耳にすうっと入っていくのが心地好かった。
やっぱり天馬くんといると心が落ち着く。俺は天馬くんがすきだ。自然と笑みがこぼれてて、幸せな気分になる。
口角が上がるのを感じながらも、輝くんが悲しげに俺をみる視線に気がつけないでいた。俺はそのとき天馬くんしか見ていなかった。
ひとつ、秋さんから貰ったクッキーを摘まんで歯で砕いた。




「狩屋!輝!今日も俺たちと一緒に帰らない?」

放課後、部活帰りに天馬くんが昨日と同じように誘ってきた。断る理由もないし、むしろ天馬くんと一緒に帰れるなら嬉しい限りだ。俺が了承しようと返事をする前に、輝くんが口をはさんだ。

「ごめんね、僕狩屋くんと一緒に帰りたいんだ」
「え、」
「天馬くんたちとはまた今度、一緒に帰ろうよ」
「そっかあ…わかった!じゃあね狩屋、輝!」
「えっ ちょっ…」

なにを考えてるの輝くん。
俺が反対する余地もなく、勝手に話は進められ輝くんと帰ることになってしまった。きまずい以外のなにものでもない。
せっかく天馬くんと帰れるはずだったのに、おかしな展開になったものだ。怒る気にもなれないし、輝くんが考え無しに俺を誘うとは思えない。なにか理由があるはずだ。
からっからの喉に唾を滑らせ、喉がごくりと鳴った。帰り道、なにを話そうか。そればかりが頭を駆け巡る。

「……ひかる、くん」

輝くんは謝るでもなく、ただ悲しげに笑って俺を見ていた。その表情に胸が知らずに鼓動を打っていた。
輝くんを見ると変な気持ちになる。天馬くんを見るときとは違うような、なにか。俺はこの意味をまだ知らない。輝くんの瞳を見ると目が離せない自分がいる。ずっと見ていたい衝動にかられる自分がいる。俺は天馬くんがすきなのに、輝くんがすきだったあの頃を思い出してしまう。こんな自分がわからない。輝くんがいると自分がおかしくなってしまう。

「天馬くんが…俺には天馬くんがいるのに」

なんで片隅に映るのが天馬くんじゃない、諦めたはずの輝くんなんだろう。天馬くんを見るとそんな気持ちは吹き飛ぶから笑顔でいられるのに。
俺は無意識に天馬くんを求めていた。