「殺して、いいの?」

そう言ってグラン様は私の首に、その細く長い指を絡ませる。独り言のように小さく呟かれたグラン様の顔は悲しそうで、泣きそうな表情をしていた。中学生で声変わりもしていない私の、本来なら喉仏があるであろうそこに親指が上から軽く乗せられる。少し指に力を加えられたらそれだけで息苦しくなりそうだ。こくりと唾を飲み込んでは、またあたる。

「グラン様が…それをお望みなら」

喋ることさえ辛くて、まだ絞められてもいないのにすでに呼吸はしづらくなっていた。それがグラン様の有無を言わさないほどの存在感から圧迫されたものなのか、それとも私がそれに呑まれているだけなのか、どちらにせよ考えたところでマシになんてなるはずもなかった。
苦しいながらもいい終えた私に、グラン様はその応えを予想していたらしく、表情はそのままで「そう」と消えてしまいそうなくらいの小さな声で弱々しく吐いたのだった。
そのまま指に力を入れられて首を絞められるのか、そう思ったけれどグラン様は一向に力を入れるような素振りを見せなかった。しまいには私の首に絡みついていた手がゆるりと離れていったのだ。そんなわけがわからないといった私をグラン様は起き上がらせ、正面から抱き締めた。普段こんなことは中々しないのがグラン様だ。常に弱者の私を見下ろし、抵抗とあれば仕置きをされ、まるでそこらのガラクタ以下の扱いをするのが私の知るグラン様で、こんなグラン様は初めてみる。
とは言っても、そんなガラクタ以下の扱いをされたとしてもグラン様に対する気持ちが変わらない私は、マゾヒズムとでもいう部類なのだろうか。わからないけれど、それの相手がグラン様なら仕方ないと思った。

「レーゼ…」
「は、い…」

必然的に耳にグラン様の声が直接届く形になる。それにこそばゆい感じがして落ち着かない。顔にグラン様の髪がさらりとかかり、甘い香りにまたドキドキと鼓動が高まる。心臓に悪い。自分の吐いた溜め息でさえ甘く感じた。

「愛してる。その瞳も、唇も、何もかも。俺の名を呼んでくれるそのやわらかい声も、合間みせる優しい表情だって好きだ。」
「…!」

信じられなかった。いつもは情事の最中にしか聞かないその言葉を、今聞いている。驚きやら嬉しさやらでごちゃごちゃでとりあえず短い返事をすることが精一杯だった。グラン様の唇からはほとんど罵声しか聞いたことがない、甘い言葉なんてさっきも言った通り、情事の最中しかないのだ。
どうしたのだろうか、いつものグラン様ならこんなこと言わないのに。嬉しいのだがやはり余計なことまで考えてしまう。

「グラ、」
「どうしたんだろう、とか考えているのだろうね、お前は。」
「…はい」

さらりと私の考えを見抜くのはいつものグラン様だ、毎度ながらドキリとする。でも正直に返事をする。抱き締められているから顔は見えないけれど、グラン様がくすりと笑った気がした。

「…こわいんだ」
「えっ…」
「お前が離れるんじゃないかって、俺の目の届かないところにいくんじゃないかって。」
「そんな」
「考えればね、俺はお前に酷いことしかしていないなって。だからって急に今みたいになるのはどうかと思ったんだけどね。…でも…俺はお前が…」

そう言って抱き締める腕を痛いほど強くされる。震えているのは気のせいじゃないだろう。だって声が、今にも泣きそうだったから。
私がグラン様のそばを離れる。そんなことあるはずもないのにこの方は一体なにを考えているのだろう。普段の強気な瞳は、声は、眼差しは。それさえも疑うほど、この方は弱々しくみえた。

「私は…離れません。」
「嘘」
「私はグラン様が大切だから」
「嘘」
「…っ好きなんです!」
「……」

「……グラン様…?」
「…レーゼ、お前は嘘をつくのが上手だね」
「……!!」

成り行きで告白してしまったものの。それはグラン様によってばっさりと切り捨てられた。グラン様に私の想いは届いてない、そう頭に過った。

「こんな俺を好きでいてくれるはずがないよ」
「そんなことありません!グラン様!」
「お前が俺を嫌いでも、俺はお前が」
「話をきいてください…っグラン様!!」

顔を見ようと腕をふりほどこうとするけれど、思いの外力が強くてふりほどけない。いくら私がグラン様の名を呼んでも無反応で、それが悲しかったのかなんなのか、気づいたら涙がこぼれていた。どうして私が泣いているんだろう、泣きたいのはグラン様のはずなのに。

「私の想いには信じてください…信じて…」

控えめにグラン様の背中に腕を回せば、いっそう強く抱き締められた 気がした。