デートしたい、とは言ってみたものの。
実際のところはデートというよりも、もう少し関係を進展させたいというのがホントのところで。
放課後の国語科準備室でどこに行きたいかと問う恋人に曖昧に返事をしていた。
いきなり家に行きたいだなんて、さすがにマズイかな?
キヨタカが何か話しているが右から左へと言葉が抜けていく。
ぼーっと考えていると肩を軽く揺すられた。

「何を考えているんだ?」

じっと見つめてくる黒い瞳に胸がどきりとした。
今まで躊躇っていた言葉が魔法にかかったみたいにするりと口から滑り出た。

「せ、先生の家はどうですか?」

少し高い位置にある顔を見上げると驚いたキヨタカと目が合った。
それから目を逸らし顎に手を当てて数秒してからもう一度キヨタカがこちらを向いた。

「あぁ、いいだろう」

声に少し複雑さが混じっているのが気になったが、大きな手が頭を撫でるのが心地好くてどうでもよくなってしまった。


そしてデートの当日はやってきた。
生徒と教師という関係なので駅まで迎えに来てくれることはなかったけれど、手書きの地図を頼りにタマキはキヨタカの部屋の前までたどり着いていた。
どんな部屋なんだろう?どういう風に迎えてくれるんだろう?
イチャイチャ、・・・できるんだろうか?
ばくばくとうるさい心臓を落ち着けるために深呼吸してから、タマキはチャイムを鳴らした。

「俺です」
「あぁ、今行く」

機械越しに聞く恋人の声はなかなか新鮮だ。
そんなことにすらどきどきを覚えながら目の前のドアが開くのを待った。
たった数秒がとても長く感じる。

「よく来たな」

ドアが開くと共に掛けられた声、いつもとは違うラフな服装にどきりとして、一本足を踏み出せば途端に大好きな香りがタマキを包み込んだ。
今すぐにでも抱き着いてしまいたい。
靴も脱がずにそんなことを考えていると、中に入るようにと促された。
どきどきし過ぎて、どうにかなってしまいそうだ。
部屋の中に入るとシックな色合いでシンプルに纏まっていた。
ごちゃごちゃしておらずきちんと整頓された部屋にやっぱりなと心の中で思う。
言われるがままにソファーに座り部屋の中をまじまじと見ているとキヨタカが苦笑した。

「何もないだろ?」
「いや、お洒落な部屋だと思って・・・」
「そうか」

穏やかに笑みを浮かべるとキヨタカはキッチンの方に向かった。
しばらくするとよく知る香りがふわりと運ばれてきた。
キヨタカがいつも国語科準備室で飲んでいるコーヒーの香りだ。

「砂糖はどうする?」
「大丈夫です」
「苦味が強いぞ」

そう言われてもこくんと頷くことは出来なかった。
恋人の好みを知ってみたかったからだ。
手渡されたカップを両手で受け取り口をつける。
キヨタカの言った通り苦味の強い、高校生のタマキからすればとても大人っぽい味だった。
思わず顔をしかめると、ほらなといった顔でキヨタカが笑って砂糖とミルクを持ってきた。

「タマキにはまだ早かったな」

クスクスと笑うキヨタカに膨れてみせても笑うことをやめない。
それどころか可愛いな、なんて言う始末だ。
諦めてミルクと砂糖をたっぷり入れてから一口飲む。
うん、これなら大丈夫だ。
キヨタカはなんてことない顔でブラックのコーヒーを飲んでいる。
その横顔があまりにも様になり過ぎて、声を掛けられるまでじっと見つめてしまった。

「どうした?」
「え、いや、なんてもありません・・・」
「俺の顔に見とれたか?」

思わず図星をさされ慌てていると冗談だとフッと笑われた。
DVDでも見ようかとリモコンを手に取り電源をつけた。
最初からプレイヤーに入れておくなんて準備周到だ。
黙って画面を眺めていると、最近話題のアクション映画だった。
見たかったもので驚いてキヨタカの顔を見上げる。

「こういうのは好きじゃないか?」
「いえ、見たかったのでビックリしました」
「そうか、それはよかった」

言い終わるとキヨタカの体がぐっと近寄ってきた。
肩や腕や太ももが触れて、正直映画どころではない。
しかしキヨタカは平然とコーヒーを飲みながらテレビを見ている。
離れて欲しいような、でもこのままでいて欲しいような。
思い切って膝の上にある手に指を絡めてみたけれど、キヨタカは映画に夢中だ。
しかし繋がった部分から伝わる温もりに満たされてタマキもテレビに集中した。

派手なアクションとスピーディな展開で二時間半はあっという間だった。
息をつく間もないとはまさにこういうことを言うんだと思う。
音楽とともに流れるエンドロールを見ながら、ようやく息を吐き出すと絡まる指に力が込められた。
突然のことに驚いて肩が揺れる。映画に集中して途中からすっかり忘れてしまっていた。
何を驚いているのだとキヨタカが顔を覗きこんできた。

「自分から絡めてきたんだろ?」
「そう、ですけど・・・」

間違ってないけど、ちょっと低い声で言うなんて反則だ。
治まっていた胸のざわつきが甦ってくる。
見上げると思っていた以上にキヨタカの顔が近くにあった。
見つめ合ったままの二人を沈黙が包む。
考えるまでもなく、待ち望んだ空気だ。
キヨタカの首に腕を回して目を閉じる。
腕を引き寄せるとよく知った柔らかい感触が唇に当たった。
ちゅっと音を立てて唇が離れていくのが寂しい。
だから一度目を開いて、自分から唇を重ねた。
キヨタカの大きな手が後頭部を支える。
薄く開いた口からキヨタカの舌が入り込んできて背中がぞくりと震えた。
さっきまで飲んでいたコーヒーの苦味が、今はとても甘く感じる。
お互いを貪るようなキスを繰り返していると、身体がゆっくりとソファーに横たえられた。
いよいよ、だ。
俺を、欲しいと思ってくれているだろうか?
息が苦しくて滲んだ涙を拭うことなく目を開いて見上げる。
そこにはタマキの予想に反して辛そうに目を逸らすキヨタカがいた。

「せんせ・・・?」
「すまなかった」

キヨタカはソファーに座ったまま俯いて言った。
何が、だろうか。
キスをして、その先をしようとしたことだろうか。
それならば待ち望んだことなのだから、謝ってもらう必要なんてない。

「どうしたんですか?」
「今はこれ以上してやれない」

気をつけていたのに、と手で目を覆うキヨタカの言葉が理解出来ない。
とりあえず横たわる体制からソファーに座り直した。
どういうことだと訴える目は、少し責めるようになってしまったかもしれない。
キヨタカはまだうなだれたままだ。

「どういうことですか?」
「タマキが卒業するまで、これ以上はしない」
「俺は別に、」
「お前が良くても俺が駄目なんだ」

目を伏せて言葉を紡ぐキヨタカはまるでいつもと別人のようだ。
恋人だけど、その前に教師と生徒だ。
例え絶対にバレない環境だとしても、それを教師として許すことは出来ない。

「だから、卒業するまで待っていて欲しい」

最後だけ目を見つめられて、頭に浮かんでいた反論の言葉はすべて流れてしまった。
見たことないくらい真剣に言われたら何も言えないじゃないか。
それに卒業してからもこの関係が続いていると考えてくれていたことが嬉しかった。
不満な気持ちをじわじわと幸せな気持ちが塗り潰していく。

「・・・わかりました」

その代わり、卒業したら期待してもいいですか?
はにかみながら付け加えると、キヨタカはいつものニヤリという笑顔を浮かべた。

「待たせた分、期待以上のものを返してやる」


こうして初デートは思い描いたようにはいかなかったけれど、それでもタマキは幸せいっぱいに満たされた。
キヨタカの香りに包まれながら、人の目を気にせずに唇を重ねる。
卒業したら、どんな幸せが待っているんだろう!
そんな思いを馳せながらコーヒーに口をつけた。

ビターテイストな初デート
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