キヨタカにキスをされてタマキは漸く自分の気持ちに気付いた。
相手は教師だし、その前に同性だとわかっていてもその気持ちをなかったことには出来そうになかった。
夜ベットの上で考えたところで何かが変わる訳ではない。
とりあえずはその気持ちを受け入れるしかないと決めて、まぶたを閉じた。

翌日朝のショートホームルーム。
タマキは昨日のことを思い出し顔を見るだけでもどきどきしてしまうというのに、キヨタカは何もなかったように振る舞っている。
(キヨタカ先生は、どんな気持ちだったんだろう)
ぼんやりとキヨタカの顔を見つめながら浮かぶのはそればかりだ。
同性に恋をするなんて滅多にある話ではない。
当然同性にキスすることもそう滅多にないはずなのに、キヨタカにキスをされた。
ぐるぐるぐるぐると思考がめぐる。

「タマキ君、タマキ君!」

体を揺すられて漸く我に返った。
名前を呼ぶカナエの顔を見ると小さく前を指差した。

「先生に当てられてるよ」
「え?」

時計を確認するとショートホームルームはもう終わり一時間目の授業に入っていた。
よりによって今日の一時間目はキヨタカの担当する国語の授業だ。
慌てて教科書を出すと、キヨタカは面白そうに笑った。

「タマキ、悩み事か?」
「ち、違います!」

茶化した言い方だが理由をわかって言っているように見えた。
カナエに内容を確認しているとまたキヨタカの声が聞こえる。

「悩み相談ならいつでも受け付けるぞ」

キヨタカのことで悩んでいるのに本人に言える訳ないだろ!
タマキは心の中でそう叫んでキヨタカの質問に答えた。
意地が悪いと思うのに、それすらも好きだと感じてしまう。
これは重症だなとタマキは小さく呟いた。


「タマキ、具合悪いのか?」

昼休みに昨日体験について来てもらったお礼にとカゲミツとオミと食堂に来ていたときのことだった。
時々思い詰めたようにため息を吐き出すタマキにカゲミツが心配そうに顔を覗き込む。
しかしタマキは大丈夫だと微笑むだけで何も話そうとはしない。
何かあったら相談しろよとだけ伝えてカゲミツは話題を変えた。

「そういえば今日文芸部の体験行くのか?」
「毎回来てもらうのもら悪いし一人で行くよ」

カゲミツとしてはお願いしてでも一緒に行きたいのだがタマキはやんわりと断るだけだ。
予鈴とともに席を立ったタマキを見送って、カゲミツがハァとため息を吐き出す。

「カゲミツフラれちゃったね」
「うるせぇ」

隣で妙に嬉しそうなオミを一発殴ってからカゲミツも立ち上がった。


放課後、タマキは国語科準備室の前をうろうろしていた。
昨日行きますと言ってしまったので行かない訳にはいかないのだけど。
ノックしようとするだけで心拍数が跳ね上がってしまうのだ。
それに気持ちを自覚した今、キヨタカと二人で喋ることに妙に緊張してしまう。
こんなところで立ち止まっていてもどうしようもない。
タマキが決心してノックしようとしたところで名前が呼ばれた。

「タマキ、さっきから何してるの?」
「トキオ先生?文芸部の体験入部に来たんですけど」

へぇと言うトキオに決心がどんどん萎んでしまう。
やっぱりもう少ししてから来ようと決めて立ち去ろうとしたとき、ドアが勢いよく開けられた。

「キヨタカ先生、体験入部の生徒さんですよ」
「トキオ、もう少し静かに出来ないのか?・・・遅かったな、タマキ」

ドアの向こうでは本を片手に持ったキヨタカが座っていてニヤリと笑っている。
国語科の部屋のはずなのに、教師は他に誰もいなかった。

「うちも部員が欲しいんですけど」
「だからって無理矢理勧誘するなよ、迷惑だろ」

トキオがなんで知ってるのと目を瞬かせたが、キヨタカがそれを無視して追い出した。
ついにキヨタカと二人きりになってしまった。

「今日は体験入部だったな」
「ハイ・・・」

二人きりでタマキはどきどきしているというのにキヨタカはいつも通りだ。
読んでいた本をパタンと閉じて眼鏡を上げた。
図書室に繋がるドアを開けてふわりと笑った。

「この通り、みんな好きなようにやってる」

中を見れば広い図書室で本を読んでいる者や何かを書いている者が三人ほどいた。
タマキが意味が分からず目を瞬かせていると、キヨタカが準備室に戻るように目配せをした。
言われた通りに入るとイスに座るように促された。

「この通りうちの文芸部はみんな好き勝手にやっている」
「はい」
「俺も顧問だがこうやって本を読んでいるだけだ」
「じゃあ別に俺が入ったところで変わらないじゃないですか?」
「そう言えばそうだな」

あっさりと認められタマキがしゅんとしているとキヨタカが屈んで目線を合わせた。

「俺が一緒にいたいと理由じゃ、ダメか?」
「え?」

真剣な目で見つめられてタマキの胸が高鳴るのが分かった。
いつものふざけた様子なんて少しもない。
顔がカァーっと熱くなってつい目を逸らしてしまった。

「別に強制とは言わない。もし嫌なら」
「嫌、じゃないです」

俺も先生と一緒にいたいです。
恥ずかしくて下を向いたままタマキが小さな声で答えた。
キヨタカの大きな手がタマキの頭を撫でる。

「じゃあ入部決定だな」
「はい」
「来たいときに来たらいいから」

入部届けを書いて渡すとキヨタカが嬉しそうに笑った。
その顔につられてタマキも表情が和らぐ。

「これからよろしくな、タマキ」
「はい」

こうしてタマキの文芸部としての生活が始まったのだった。

体験入部-文芸部編
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