職員室に入るとキヨタカは国語科準備室にいると教えられた。
下校時刻の迫った人のいない廊下を息を切らして走る。

「・・・あった!」

図書室の隣にある国語科準備室という札を前に立ち止まった。
走ったせいか心臓がどきどきしている。
こんこんこんと三度ノックして扉を開ける。

「失礼します」
「なんだタマキか、どうした?」

机に向かって本を読んでいたキヨタカが顔を上げた。
椅子をくるりと回転させてタマキの方に向く。

「あの家庭科部の体験に行ってスコーン作ったんです」

良かったどうぞと両手で差し出す。
バレンタインデーの女の子の気持ちが少しわかった気がした。

「俺にくれるのか?」
「いつもお世話になってるんで・・・迷惑だったら捨ててもらっても構いません」
「迷惑な訳ないだろ、嬉しいよ」

キヨタカはそう言ってタマキの髪を優しく撫でてから袋を受け取った。
そのとき生徒の下校時刻を知らせる放送が始まった。

「俺、もう帰ります」

どうせならその場で感想を聞きたかったが仕方ない。
名残惜しげにキヨタカを見上げるとフッと表情を和らげた。

「まだいいぞ」
「でも・・・」
「俺が残らせるんだ。送っていくし問題ない」
「先生に迷惑掛けたくありません」
「これをくれたお礼だ」

軽くウインクされてつい頷いてしまう。
もう息は落ち着いているのに、また心臓がどきどきしてきた。

「では早速頂こうか」

そう言うなり袋を開けてスコーンを取り出す。
まだ出来上がってそんなに時間が経っていないのでほんのり温かい。
キヨタカは食べる前に香りを確認してから口の中に入れた。
タマキは黙ってその様子を見つめる。
もぐもぐと動かされる口をじっと見てしまう。
ごくんと飲み込んだのを見てタマキが口を開いた。

「どうでしたか・・・?」
「うまいぞ、とても」

キヨタカの言葉にタマキがホッとしたように笑った。
自分が作ったものを好きな人に美味しいと言ってもらえることがこんなに嬉しいなんて。
嬉しそうなタマキを見てキヨタカがもうひとつスコーンを手に取った。
もう片方の腕をタマキの腰に回す。

「タマキは食べたのか?」
「はい、出来たときに、少し」
「そうか」

キヨタカは綺麗な笑顔のままタマキを見ている。
心臓がどきどきし過ぎてうるさい。
近過ぎる距離にどうしたらいいか悩んでいるとスコーンが差し出された。

「口を大きく開け」
「え?」

そう言ってキヨタカが手を口の前まで持ってきた。
恥ずかしいが言われた通りに大きく開く。
はい、あーんというキヨタカの声が更に羞恥心を煽る。
ぱくっとスコーンを口に入れるとさっき食べたときよりもおいしく感じて不思議に思う。

「どうだ?」
「さっき食べたときよりも、おいしく感じました」

思ったままを素直に伝えると、キヨタカが一瞬面食らったような表情をしてからフッと笑った。

「参ったな」
「何がですか?」
「いや、なんでもない」

腰から腕を離してからキヨタカはスコーンを全部食べ切った。
ありがとうと言う優しい顔にタマキは頬が熱くなるのを感じた。

「遅くなってしまったな」

さぁ帰ろうと言うキヨタカと一緒に部屋を出た。
送ってくれると言ったのは本当のようで誰もいない校舎を二人きりで歩く。

「タマキが家庭科部に行くのは意外だったな」
「あれは半分無理矢理、文芸部に行こうと思ってたのに」
「明日にでも来たらいいよ」
「はい、明日必ず行きます」

そんな会話をしてるうちに駐車場に着いた。
助手席の扉を開けてまずはタマキを車の中へ入れる。

「すみません、ご迷惑掛けちゃって」
「俺が言ったんだ、気にすることはない」

キヨタカはいつだって優しく頼れる教師だ。
ありがとうございますとキヨタカの方を向こうとすると言葉を遮られた。

「ちょっとそのままでいろよ」
「は、い・・・ッ!!!」

返事をするために上げた視界に飛び込んできたのは焦点を結べないほど近くにあるキヨタカの顔。
驚く間もなく唇に柔らかいものが触れて、一瞬のあとそれがキヨタカの唇だと気付いた。

「キ、キヨタカ先生!」
「スコーンのカスがついてたから取ったぞ」

ハハハと笑うキヨタカに何も言うことが出来ない。
自分の顔が赤いだろうと言ううことが容易に想像出来た。
ただキスされたにも関わらず嫌悪よりもどきどきしてしまったことで、タマキは漸く自分の気持ちに気付いた。
自分はキヨタカが好きなんだと。

気付いてしまったこの気持ち
(先生、そのキスにどんな意味があったんですか?)
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