名前を呼べばふわりとした表情で振り返る。
部隊に所属していた頃のような溌剌とした表情はもうずっと見ていない。
いつ来るか分からないカナエを、今日もタマキは待ち続けている。

「タマキ、そろそろ食事にしようか」
「もう少しだけ、」

カナエが来るかもしれないから。
微笑んだ口から出るのはいつもカナエのことだけだ。
そうかと無理矢理微笑んだ顔に興味のひとつも示さない。
涙が出そうになって見上げた空は、今にも雨が落ちてきそうだった。

「もう慣れたと思ってたのにな」

呟いた言葉は、タマキの耳に届くことなく空へ消えた。
カナエを想うタマキを愛する、そう決めたのは自分だから。
タマキの言動で傷付くなんて自分勝手だ。
10分経っても動く様子のないタマキの肩に手を置いた。

「そろそろ戻ろうか」

悲しそうに目を伏せてこくりと頷く黒髪を撫でる。
明日きっと来る、思ってもいないことを言って立ち上がらせる。
今すべきなのは現実に目を向けさせることじゃない。
随分前に一度だけタマキに言ったことがあった。

「カナエはもう、戻って来ないんだ」

そう告げたときのタマキの顔が忘れられない。
目を見開いて耳を塞いで信じられないといったように首を振る姿。
あんなに取り乱す姿は今まで見たことがなかった。
カナエは絶対迎えに来てくれるとぽつりと漏れた言葉がぐさりと心を抉った。
肩を震わせるタマキをぎゅっと抱き締めてごめんなと声を掛けて背中をさする。
その日からどんなに言いたくてもその言葉は口に出来なくなってしまった。

朝目を覚ましたときも、食事をするときも常にタマキはカナエのことを気にした。
カナエは迎えに来たか?とメイド達に確認するのも一日に一度や二度ではない。

「カナエは?」
「まだ来ていない」

そっかと顔を俯かせて窓の外に視線をやる。
カナエが入りやすいようにと開かれた窓にカゲミツの心がちくりと痛む。
痛くない、痛くなんかない。
そう思っても自分の心を偽るのはもう限界だった。
ぽたり。
そっと握ったタマキの手の上に水滴が落ちた。
一度零れてしまった涙はどんなに堪えようとしても溢れ出してしまう。
ぽたり、ぽたり。
零れた涙がタマキの手を濡らしていく。

「カゲミツ」

嗚咽を堪えていると名前を呼ばれて顔を上げる。
ふわりとした表情のタマキに両手を伸ばして抱き締める。
拒絶も承諾もすることなくタマキはただ黙ってされるがままになっている。
嫌なら手を振り払ってくれよとも言えずタマキを腕の中に収める。
抱き締めても何も言わないタマキに、この恋が叶わないのだと思い知らされた。

この恋、行き止まり。
(抱き返そうと手を動かしたことを、まだカゲミツは知らない)
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