「暑いなぁ・・・」

ダルイだけだと思っていた体育祭にカゲミツは参加していた。
クラスの応援席から離れ、木陰で涼みながらではあるけれど。
暑さにくらくらしながら、数日前のタマキとの会話を思い出してた。

「ちゃんと参加すれば絶対楽しいから!」

タマキの楽しそうな笑顔に思わず頷いてしまった。
しかしクラスから距離を置き他人に殆ど興味を示さないカゲミツにはやはり体育祭というものは苦痛でしかなかった。
タマキの出番のときだけは暑さを我慢して見に行ったがそれ以外は退屈だ。
失敗したなと木に頭を預けて目を瞑っていると、冷たいものが頬に当てられた。

「やっぱりここにいた」
「オミ・・・何やってんだよ」

カゲミツの隣に腰を下ろすと持っていたペットボトルを手渡した。

「日射病になってるんじゃないかと思って」

受け取ったペットボトルのフタを開けて喉を潤す。
乾いた喉に冷たいスポーツ飲料が心地良い。

「次のリレーに出るんだ」

飲み終わってペットボトルを返すと、オミが口を開いた。
何の話だと思ってオミの顔を見つめる。

「もし一位になったらさ、一緒に遊びに行ってくれない?」
「いいぞ、一位になったらな」

オミが出場するリレーというのは体育祭のメインと言える競技だ。
陸上部のエースが出場するというのをクラスメイトが話しているのを聞いた。
帰宅部のオミに勝てる訳ないだろうとたかをくくって了承した。
オミはカゲミツの言葉に目を瞬かせた。
その後綺麗に笑うと立ち上がってカゲミツの腕を引っ張った。

「頑張るから、見ててよ」

オミはそれだけ言うと、運動場の人だかりの方に走り去ってしまった。
呆然とその後姿を見つめていたカゲミツだったが、オミの負ける姿でも見てやろうと自分も運動場の方へ向かった。

頑張れーなどの応援する生徒に紛れてトラックの様子を伺う。
地面を蹴り躍動して目にも留まらぬ速さで駆け抜けていく生徒たちにカゲミツは驚いた。
オミはアンカーだと言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか。
負ける姿を見にとは思ったけれど、2位くらいで悔しがる姿が見たかっただけだ。
最下位になっているオミなんて見たくなかった。
4チームが走る中、オミのクラスは3位だった。
第二走者から第三走者のヒサヤにバトンが渡り、2位に近付きはしたけれど結局追い抜くことは出来なかった。
すまなそうな表情でヒサヤがオミにバトンを渡す。
走りながら受け取ったオミはスピードを上げて走り始めた。
もう少しだった2位の生徒を一気に抜き去り、カゲミツは息を飲んだ。
普段オミが全力疾走する姿なんて見たことなかったが、アンカーに選ばれるだけはある。
そのままオミは加速を続けついに1位の陸上部のエースの姿を捉えた。
敵や味方など関係なく頑張れと声が聞こえる。
普段見ているオミとは別人のように見えた。
抜きそうになっては相手が踏ん張り勝負は最終コーナーに差し掛かった。
最後の力を振り絞るように二人が同時にスピードを上げた。

「頑張れ、」

カゲミツがそう小さく呟いた瞬間、オミがついに陸上部のエースを抜いて1位に躍り出た。
ゴールまであと数メートル、やった、そう思った瞬間に相手も意地を見せた。
白いゴールテープを切ったのは、プライドを見せた陸上部のエースだった。
周りから残念そうなため息が漏れてからぱちぱちと健闘を称える拍手が沸き起こった。
オミはと言えば全力疾走したせいか息を切らして大の字で寝転がっている。
とりあえず勝負の行方は見届けたカゲミツは、さっきまでいた木陰に戻った。
きっとオミもそのうち来るであろうその場所に。

「久し振りに全力で走ったから疲れたよ」

木陰で涼んでいるとオミの声が聞こえて目を開く。

「残念だったな」
「いいところまでいったんだけどね」

はーっと大きく息を吐いてオミはカゲミツの隣に座った。

「一位になれなかったけど頑張ったでしょ?」
「でも約束だからな」

えー、と項垂れるオミを見て思わずカゲミツから笑みが零れる。
その様子を見てオミがぱちりと驚いた表情をした。

「カゲミツが俺に笑い掛けてくれるなんて、」

引き受けてよかったよとオミは嬉しそうに笑った。
その表情に一瞬、ほんの一瞬だけどきりとしたがきっと暑さのせいだ。
帰るぞと立ち上がるとオミも一緒に立ち上がった。


「・・・来週の日曜日なら空いてる」
「・・・えっ!?カゲミツもう一回言って!」

風吹けば、
(一歩、距離が近付きました)
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