世界は自分中心で回らないと意味がない

自分がどれだけ彼を傷付けたかなんて、想像も出来ない。
彼の告白の返事を伸ばし続けたのは、かつての恋人の存在のせいだ。
彼は努めて明るく振る舞っていたが、やはり辛かったんだと思う。
目の下のクマ、少しコケた頬は長い戦いのせいだけではないだろう。
それが彼が自分を思ってのことだと考えたら・・・少し喜びを覚えた。
今夜、彼にやっと返事を伝えに行く。
俺も、カゲミツが好きだよ、と。

仕事が終わりのんびりとした空気が流れるミーティングルーム。
カゲミツは新たに諜報班に加わったオミとひとつのパソコンを覗き込みながら熱心に話をしている。
二人の距離が近いのは幼なじみだからだろうか。
少し嫉妬する気持ちを抑えてカゲミツに近付いた。

「カゲミツ、ちょっといいか?」

同時に向けられる二つの顔に思わず苦笑いがこぼれる。
戸惑いながらも嬉しそうにするカゲミツと、鋭い視線を向けるオミ。
まるでお前がカゲミツに何の用だと言わんばかりだ。
そんなオミの視線を軽く受け流し、カゲミツに耳打ちする。
顔の距離が近いせいか、カゲミツがぱちぱちと瞬きを繰り返している。

「後からご飯食べに行かないか?」

仕事終わってからでいいから、あとでメールする。
そう付け加えて、そそくさとカゲミツから離れた。
ちらりと後ろを振り返ると、真っ赤顔で立ち尽くすカゲミツに不審そうな表情でオミが呼び掛けていた。

20時に駅前で待ってる。
カゲミツにそうメールしたのは別れて30分後のことだ。
約束の時間まであと一時間半もある。
お風呂に入って、充分に身支度を整えよう。
そう思って風呂場のドアを開いた。
体の汚れを念入りに洗い落として風呂場を出る。
肩にタオルを掛けてリビングに出るとトキオがビールを持って立っていた。

「今からカゲミツとデートだろ?」
「知ってたんだ」
「そりゃカゲミツがあれだけテンパってれば分かるさ」

そう、と軽く聞き流してトキオからビールを受け取りソファーに腰掛ける。
トキオの視線が冷たいのはなぜだろうか。
ビール缶を開けてグイッと一杯。
風呂上がりのビールはうまいと思っていると先程から黙りっぱなしだったトキオが口を開いた。

「あんまり純情な気持ちを弄ぶのは感心しないな」

何が、ビールを口につけたまま上目遣いで訴える。

「お前はまだカナエが」
「それは違う」

トキオの言葉を自分の言葉で遮る。
まだカナエが好きなのにとか言いたいのだろうが、それは違う。
俺の言葉にトキオはふーんと探るような目をした。
信じていないんだろうというのはよく分かった。

「信用ないんだな」
「そりゃそうでしょ」

カゲミツの傷付く姿を何回も見たとトキオの視線は鋭い。

「じゃあその分幸せにならなくちゃ」

カゲミツも、俺もと付け加えて立ち上がる。
俺だって、もう傷付く恋はしたくない。
幸せになりたいんだ。
自分勝手だって分かってる。
けど自分の人生を生きられるのは、自分だけなんだ。
何か言いたげなトキオにごちさそうさまとだけ告げ、自分の部屋に入った。

約束の時間まであと5分。
珍しくカゲミツの方が後に到着した。

「ごめん、オミのヤローがなかなか放してくれなくて」

待たせたと思ったのかカゲミツは何度も謝ってくれる。
全然待ってないと強く言い聞かせ、店への道を歩き始めた。

店の中ではいつもと同じような会話をした。
時々カゲミツが何か言いたそうに目を泳がるが、まだ言わない。
二人で店を出てバンプアップへの帰り始めたときには22時を過ぎていた。

「カゲミツがよく行くあの公園に行かないか?」

二人きりで話がしたいと上目遣いで付け加える。
こくりと頷いたカゲミツの喉が鳴るのが分かった。
公園までの道のりは、さっきまでが嘘みたいに二人とも話さなかった。
緊張しているんだ。カゲミツも、俺も。

公園に到着して、二人でブランコに腰掛ける。
カゲミツは地面に目をやって、俺の言葉を待っている。
意を決して、俺は口を開いた。

「カゲミツの気持ち、まだ変わってないか?」

カゲミツの肩が少し強張ったのが分かった。
こちらを向き、ゆっくりとカゲミツが頷く。
どんな言葉も受け入れる、そんな強い気持ちがカゲミツの顔には浮かんでいた。
それが例え傷付くような結果でも、だ。
そんな表情をさせてしまっているのは紛れも無く自分のせいだと分かっている。
自分の行動がどれだけ傷付けたかを物語っているようだ。
それでもカゲミツの隣にいたいなんて、ムシがいい話だというのも理解している。

目を閉じて、深呼吸をひとつ。

「俺もカゲミツが好きだ」

目を開いて、琥珀色の瞳を見つめる。
見開かれた目が、いかに驚いたかを示している。

「嘘、だろ・・・?」

立ち上がり、じゃりっと音を立てて後ずさった。
カゲミツから漏れた声は掠れていて、やっぱりフラれる覚悟で来ていたのだと思い知る。

「信じてもらえないかもしれないけど、俺は本気だ」

恐る恐る伸ばされた手に自分の手を重ねる。
途端にカゲミツの顔がくしゃりと歪んだ。

「フラれると思ってた・・・」
「今までいっぱいカゲミツのことを傷付けてごめん」

抱き着いた背中は震えていて、想像以上に華奢で罪悪感が沸き上がる。

「自分勝手だけど、これからは二人で幸せになろう」

そう呟いて、カゲミツの唇に自分のものを押し当てる。
唇を離して至近距離で見つめ合う。

「タマキ、好きだ」

そう言われて再び俺たちは唇を重ねた。
たくさん傷付けた分、これからはたくさん幸せになろう。
そう気持ちを込めながら。

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