今日は久し振りに昼休みに屋上に来ていた。 いつも一緒に食事を取るカナエとアラタは部活の集まりがあると言っていた。 柵に持たれ掛かれ空を見上げていると、ギィッとドアの開く音がして後ろを振り返る。 「お待たせ!」 息を少し切らしながら綺麗な金髪を太陽に反射させるカゲミツが目に入った。 緩く横に首を振ると大袈裟な笑顔でよかったと息をついた。 「もうすぐキヨタカ先生も来ると思う」 タマキの言葉にカゲミツがあからさまに嫌そうな顔を見せる。 どうやらカゲミツはキヨタカのことをあまり好いていないようだ。 タマキからするとよくじゃれ合ってる姿は兄弟みたいだと思うのだけど。 「俺は二人がよかったんだけどな」 顔を赤らめるカゲミツにタマキが不思議そうに顔を傾ける。 「べ、別に変な意味はないからな!」 慌てて両手をブンブンと振るカゲミツにくすっと笑ったところで屋上が開いた。 「待たせたな」 片手にコンビニの袋を持ったキヨタカが現れた。 「先生!」 キヨタカと一緒に昼食を食べるのは久し振りなので、思わず声が弾んでしまう。 こっちと自分の隣を指差すと、キヨタカが苦笑する。 「タマキは俺が大好きだな」 大きな手がわしゃわしゃと髪を撫でる。 予想もしてない言葉にタマキは目を瞬かせるしか出来ない。 「そういう顔も可愛いぞ」 「な、何言ってるんですか・・・」 男に可愛いと言われても嬉しくないのに、キヨタカに言われるだけは照れてしまう。 熱が集まった頬を見られなくて、ぷいっと顔を逸らす。 「タマキが困ってるだろ!」 ぱたぱたと手で顔を扇いでいると、カゲミツが横から口を挟んできれてほっとする。 キヨタカはたまにこういうことを言うから困っる。 妙に胸が高鳴って、顔が熱くなってしまう。 一人で考えているとまたキヨタカの声が聞こえた。 「タマキは俺にそういうこと言われて困るのか?」 そんな訳ないよな?と言う勝ち気な目。 そんな目で見られたタマキは何も言えなくなってしまう。 優しい声で困ってないよな?と押され、頷いてしった。 カゲミツがえーっと不満そうな声をあげているが仕方ない。 キヨタカは教師ということを差し引いても、敵いそうにはなかった。 「お前、お弁当はどうした?」 しばらくタマキに向いていた話題が、その一言でカゲミツに移る。 カゲミツは食堂のパンと紙パックのジュースを目の前に置いていた。 タマキからすれば何の変哲もない、いつもの光景だ。 「ちゃんとあるじゃねぇか」 口ではそう言ったもののカゲミツの歯切れが悪い。 目の前に置いていたパンを隠すように動かす。 しかしキヨタカはその行為を見逃す訳もなく、カゲミツの腕を持ち上げた。 「カゲミツ、弁当はどうした?」 キヨタカの真剣な声に違和感を覚える。 目の前にあるじゃないかと思いながら、タマキは黙ってやりとりを見つめる。 「だから、」 「家の者が持たしてくれたお弁当はどうしたと聞いているんだ」 その言葉を聞いたカゲミツがびくりと肩を跳ねさせた。 気まずそうに目を泳がせている。 訳が分からない。 タマキがそう思ってキヨタカを見たときに口を開いた。 「毎日コイツの家の者がお弁当を持たせているはずなんだがな」 聞けば華奢なカゲミツを気遣って栄養の高いお弁当を毎日作ってくれているという。 しかしカゲミツの答えはこうだ。 「あんなもん、食えるかよ」 ぴくり、キヨタカの眉毛が微かに動いた。 これは怒っている。 キヨタカの怒る姿を見たことないタマキですら分かった。 わなわなとカゲミツの腕を掴む手が震えている。 一際大きな声でカゲミツと口を開いた瞬間、タマキは反射的にキヨタカに抱き着いた。 予想もしてなかった行動にキヨタカの意識がタマキに向く。 先生?と小さな声で呼び掛けると、怒りが鎮まったようだ。 「悪かった」 キヨタカはそう言うと床に腰を落ち着けコンビニの袋をがさごそと開いた。 カゲミツは相変わらず居心地悪そうなバツの悪い表情を浮かべている。 「早く食べないと昼休み終わっちゃうぞ」 タマキがそう言って、やっとカゲミツはパンに口をつけた。 しかしタマキはひとつ気にかかることがあった。 キヨタカはカゲミツの家庭事情に詳し過ぎるのだ。 担任でもないキヨタカがなぜそこまでカゲミツのことを知っているのだろうか。 聞きたいけど、聞いていいものなのだろうか。 迷っていると、キヨタカがフッと笑って口を開いた。 「大学時代に俺がカゲミツの家庭教師をやっていたのさ」 ついでに父親が知り合いだとも付け加えてくれた。 やたらと親しかった二人の関係に漸く納得出来た。 しかしなぜだろう、タマキの胸にちくりとした痛みが走った。 でも、その理由が分からない。 そうこうしていると、軽やかに階段を上ってくる足音が聞こえた。 カゲミツは嫌そうな顔をして荷物をまとめ建物の陰に隠れた。 なんだろう、その疑問はドアが開かれた瞬間解決した。 「やぁ、カゲミツ見なかったかい?」 爽やかな微笑みながらオミが屋上に入ってきた。 カゲミツは言うなというように顔を大きく横に振っている。 しかし先日悲しそうな目を見たタマキは、このままオミを帰すのも可哀相に思えた。 だいたいカゲミツがオミをここまで邪険に扱う理由も分からない。 タマキが口を開き掛けたと同時にキヨタカの声が重なった。 「カゲミツは今日は見てないぞ」 「そうですか、タマキ君のいるところにカゲミツありと思ったんだけどなぁ」 残念そうにため息をひとつしてオミは屋上を出て行った。 カゲミツは心底安心したような表情をしている。 タマキが無言でキヨタカの顔を見ると、いろいろ事情があるのだと言った。 パンを抱えこちらに向かってるカゲミツを見ているとふいに耳元で声が聞こえた。 「今度は二人で食べような」 囁く声は大人の色気みたいなものを帯びていて、思わずどきりとしてしまう。 キヨタカは小さくウィンクをして屋上を出て行った。 その後ろ姿をカゲミツに肩を揺すられるまで見つめてしまった。 恋の目覚め? (なんでこんなにドキドキするんだろう!) |