三ヶ月記念日

タマキと付き合い始めて三ヶ月の記念日。
タマキがお祝いしたいと言うので仕事の後、二人で食事をすることにした。
正直、記念日を祝うという感覚は分からなかったが、タマキが言うのならと了承した。
男女ならいつもより良い格好をして少し値の張るお店に行くのかもしれないが、生憎俺達は男同士だ。
男二人で高級ディナーはさすがに気が引けたので、よく行くイタリア料理のお店に行くことにした。
客席は多くないが落ち着いた色の照明と、洒落たジャズが流れるそのお店を俺達は気に入っていた。
店の中に入ると平日の夜9時を過ぎていたせいか他に客はいなかった。
しかしタマキはどことなく、そわそわしているように見える。

「どうかしたか?」

よく座る店の端にあるテーブル席に着きながら尋ねるとタマキは首を振った。
照明のせいか、タマキの顔が少し赤らんで見える。
無愛想なシェフに注文を伝えると、二人の間に妙な沈黙が生まれた。
記念日なんて気に掛けたことのない俺は、どうしていいのか分からない。
記念日というからには何か特別なことをしなくてはならない。
無意識のうちにそう考えていた。

「いつも通りでいいんだぞ」

そわそわしていたように感じていたのは気のせいだったようでタマキは落ち着いて言った。
美味しそうにピザを口に運ぶ様子は、いつもと何も変わらない。
記念日を祝う、ということに俺は少し緊張していたみたいだ。その言葉で緊張が解けた俺はいつものように他愛もない話に花を咲かせる。
仕事後の疲れた体にアルコールが入り、ふわりとした気分だ。
グラスを少し回してワインの香りを楽しむ。
タマキに目をやると、はにかむように微笑まれた。
その笑顔にたまらなく幸せを感じる。
記念日という言葉がつくだけでこんなにも感じ方が違うのだろうか。
女の子たちがやたらと記念日を大切にする理由が少し分かった気がした。

注文した料理を全て食べ終え二人の間に静かな時間が流れる。
沈黙とは違う、信用し合っているからこそ流れる空気にまた幸せだなと感じる。
そのときタマキがちらりと壁に掛かる時計に目をやった。
明日も朝から仕事だからあまり長居するのも良くない。
そろそろ帰ろうかと言いかけた言葉はタマキによって遮られた。
カゲミツと真剣な声に浮かした腰をまた椅子に戻す。
真っ直ぐ射るような目に、吸い込まれてしまいそうだ。
しかしタマキはすぐに視線をそらし、がさごそとカバンを漁り始めた。
意味が分からずに目を瞬かせると、手を貸して欲しいと言われた。
黙って差し出すとタマキの手が重なって、冷たいものが手の平に落とされる。
何かと思いタマキの顔を見ると顔を赤く染めている。
照明のせいでも、アルコールのせいでもないのはすぐに理解出来た。
重なっていた手をゆっくりどけられると、俺の手には銀色のものが乗っていた。

「俺の家の鍵だ」

一度息を吸い込んでからタマキは言った。
俺は驚いて言葉の出ない。
無愛想そうなシェフは仕込みをしているのか、目の届く範囲にはいない。

「ヒカルがいない日は俺の家に来いよ」

たまにはベッドで寝た方がいいとかコンビニ食ばかりでは体に良くないとタマキは続ける。
それに、とタマキは付け加えて俯き加減で俺を上目遣いで見る。

「・・・もっとカゲミツと一緒にいたい」

タマキの言葉に心臓が止まるんじゃないかと思った。
顔に熱が集まるのが分かる。
どくんどくん、心臓の脈打つ音がタマキにも聞こえてるんじゃないだろうか。

「タマキ、ありがとう」

伝えた言葉は掠れていて、しまったと思う。
それくらいタマキの言葉が嬉しかった。
帰ろう、俺はそう言って伝票を手にした。
無愛想なシェフはいつの間にか戻ってきていた。

店を出て二人で夜道を二人手を繋いで帰る。

「今日ヒカルがいないんだ」

タマキはそう、と言って俯いている。耳が赤い。
そんなタマキ抱き締めたくなり、周りに誰もいないことを確認して実行した。
タマキは一瞬肩を跳ねさせたけど、大人しくされるがままになっている。

「カゲミツ」

腕の中のタマキに呼ばれて解放した。

「ヒカルがいてもたまには来いよ」

時々ヒカルに嫉妬するという言葉は、人も車もいないこの状況だから聞こえたのだろう。
それくらい小さな声だった。

「タマキ、あんまり可愛いことばっか言うなよ」

俺の理性は切れるまであと一歩のところでぎりぎり保っている。
これ以上何か言われたら、理性を保てる自信がない。
俺は腕を取って足早にタマキの家へと向かった。

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