また今日も休み時間になった瞬間にオミの声が聞こえる。 今日は昼休みに屋上でタマキと会う約束をしている。 もちろん、二人きりで、だ。 だから今日オミに付き纏われるのはお断りしたい。 ヒサヤには前の休み時間に伝えておいたが、やはり上手くいかなかったらしい。 カゲミツはオミの視線をかい潜りつつ、出口に向かった。 教室を出て中から聞こえる自分を探す声にホッとする。 今のうちに逃げなくては、と思っていると中からとんでもない声が聞こえた。 「カゲミツならもう出て行ったぞ」 かくれんぼだと思い教室を隈なく探していたであろうオミに誰かが声を掛けた。 なんてことしやがるんだと思ったが、今は教室から離れるのが先決だ。 カゲミツは屋上へと向かって廊下を駆け抜けた。 階段の踊場を曲がったところでカゲミツは誰かにぶつかり、跳ね返る。 相手を確認している暇などないと無視して行こうとすると、手首を捕まれた。 「廊下は走るなと言ってるだろ」 面倒な相手に捕まったとカゲミツは隠れて舌打ちをする。 タマキのクラスの担任のキヨタカだ。 「舌打ちとはいい度胸だな」 「今お前と喋ってる時間はねーんだよ!」 無理矢理手を解こうとするも敵わない。 遠くにオミの声が聞こえた気がして、悪寒が走った。 「今度ゆっくり話は聞くから」 じゃあなとキヨタカの足を思いっきり踏んだ。 うっ、と呻き声が聞こえて手首の拘束が緩くなった隙に、カゲミツは一目散に逃げ出した。 「悪ぃーな、キヨタカ!」 俺は今急いでるんだよと心の中で舌を出す。 日頃からキヨタカにはいろいろされてきたのでお返しだ。 今からタマキと二人きりになれることも相まって、カゲミツの気分は高揚していた。 「カゲミツ!」 高揚した気分もつかの間、意外と近いところから聞こえた自分を呼ぶ声にどきりとする。 見なくても分かる。この声はオミだ。 足を止めずにちらりと振り返るとオミとヒサヤ、それになぜかキヨタカまでもが後ろを走っていた。 なんでだよ!力いっぱい叫びたい気持ちをグッと抑える。 屋上まではもう少し、屋上にさえ先に入れば外から鍵を閉めてやる! カゲミツは意気込んで角を曲がると、短い階段には愛しい人タマキが立っていた。 音に気付いてタマキは振り返ったが、カゲミツはそこに人がいるなんて想定もしていなかった。 勢いよく走ってきたカゲミツは立ち止まろうと急ブレーキをかけるが、間に合う訳もなく前方につんのめってしまった。 ばん!と人が勢いよくぶつかる音に追いかけてきた三人が足を止める。 開かれた屋上の扉からはカナエとアラタが口を開けて見ている。 カゲミツとタマキは声を上げる間もなく、覆いかぶさるように倒れかかった。 カゲミツは咄嗟にタマキの後頭部に腕を入れる。 どすんと鈍い音を立てて二人は倒れたが、カゲミツのおかげで後頭部直撃は免れたようだった。 が、しかし。 「あっ・・・、」 上から見ていたカナエとアラタがまず声を上げた。 その声につられるようにカゲミツが目を開くと、視界に広がる肌色と、口に湿った感触がした。 驚いてゆっくりと顔を話すと、そこにはタマキの唇があってカゲミツの顔が瞬時に赤くなる。 「あ、わ、え?あ、ごめ、わ、わざとじゃないんだ!」 混乱して訳が分からない言葉を発するカゲミツに階段下の三人も事態を飲み込んだ。 タマキはというと、顔を真っ赤にして固まっている。 「ホ、ホントごめん!」 カゲミツは反応のないタマキに何度も謝っている。 「もしかして、ファーストキスだったのか?」 いち早く冷静さを取り戻したキヨタカが口を開いた。 カゲミツの耳まで赤くなる。 「違ぇーし!お前知ってんだろ!」 「お前じゃない、タマキだ」 カゲミツを押しどけタマキに怪我がないか確認しながら聞いた。 タマキからは何の反応もないあたり、恐らくキヨタカの予想は間違ってはないだろう。 「こんなファーストキスは嫌だろう、俺が今からしてやろうか?」 キヨタカがにやりと口を歪めたところでタマキは大きく首を振った。 「いいです、大丈夫ですからホント!」 「それは残念だな」 キヨタカは楽しそうに笑って、タマキの髪を撫でた。 「ヤバイね」 「何が?」 屋上から見ている二人はこそこそと話をしている。 もう、カナエ君分かってるくせにとアラタは意味深な笑みを浮かべた。 「可愛いと思ってたけど、ここまで可愛いとはね」 カナエ君も、そう思ったでしょ?とニコリとアラタが微笑む。 図星だったカナエは曖昧に笑い返すことしか出来なかった。 みんながタマキへ思いを巡らせている中、オミだけは鋭い視線でタマキのことを見ていた。 階段でのハプニング 「・・・タマキの唇柔らかかったなぁ」 カゲミツは昼休みのラッキーなハプニングを思い返したニヤニヤしていた。 そっと一瞬だけ触れ合った唇を手でなぞってその感触を思い出す。 「カゲミツ、聞いてるのか?」 放課後、呼び出されて怒られるカゲミツにキヨタカの声は全く届いていないのであった。 back |