Every rain lets up
(やまない雨はない)

タマキが記憶を取り戻した。
しかも、記憶が戻った後にカナエに会ったと言うのだ。
また俺の目の前から消えてしまったらどうしよう。
どうしようもない不安が襲ってくる。

「ナイツオブラウンドを倒してカナエを助け出す」

しかし真っ直ぐな瞳でタマキは俺に向かってそう言った。
強い決意を秘めた目だった。
またカナエと二人で逃避行をするようには思えなかった。
しかしタマキの思いは完全にカナエに向いているように思えた。

「返事を聞く前に失恋確定かよ・・・」

シンジュクにあるぽつんとした公園で、一人呟いて自嘲気味に笑う。
ふいに涙が出そうになって空を見上げたら綺麗な満月が目に入った。

「今日は月が綺麗だな・・・」

普段月なんて見ていないくせに。
しばらく上を向いて満月を見ていると、溢れそうな涙も引っ込んでいた。

ワゴン車に帰るとヒカルが遅かったなと声を掛けてきた。
曖昧に返事をして、ブランケットを手に取る。
ヒカルはまだパソコンに向かっていたが、とても仕事をする気分にはなれなかった。

「いつものやつ、やるか?」

ヒカルがヘッドフォンを手にしていたずらな笑みを浮かべた。

「悪い、そんな気分じゃねぇ」

しかし俺はラブホを盗聴する気分にもなれずブランケットに包まった。

「カゲミツ・・・大丈夫か?」

今は放っておいて欲しかった。
寝たフリをしようと無視していると、赤ちゃんを寝かしつけるように背中をぽんぽんとされた。

「タマキが記憶戻ってから、元気ないだろ?」

ブランケットから少しはみ出た髪に軽く指を入れる。

「何かあったなら、遠慮なく言えよ」

ヒカルの優しさに、引っ込んだはずの涙がまた出そうになる。
それがバレたくなくて必死に堪える。
揺れた肩を見てヒカルは気付いたはずだが、何も言わないでいてくれた。


数日後、仕事の後話があるとタマキがワゴン車にやってきた。
ヒカルはキヨタカの所に行っているので二人きりだ。
分かりきっている内容を面と向かって聞くのか。
憂鬱な気分が胸に広がる。
せめて格好悪いところだけは見せたくない。
もし涙が出そうになったとしても、タマキが帰ってからにしよう。
今日くらいは、少しくらい泣いても許されるはずだ。
俺はそう決めてタマキを迎え入れた。

「お邪魔します」

遠慮がちに入ってきたタマキの顔は強張っていて、ますます俺の鬱々とした気分を煽る。
どうせ振られるにしても笑顔がいい、なんてワガママだろうか。
俺はタマキの笑顔が好きなんだから。
どのみち、簡単に断ち切れる想いではない。
ならば思い返す顔は辛そうな顔より笑顔がいいと思ってしまうんだ。

タマキは強張った表情のまま俺の隣に座った。
纏う空気は緊張していて、いよいよその瞬間がくるのだと実感する。
しばらくお互い何も言えないまま時間が過ぎた。
空気が重苦しかったが、俺から話を促すようなことは出来なかった。
結末なんて見えていた、だがいざとなると怖くて仕方なかった。

「この間の話なんだけどさ、」

しばらくして漸くタマキは口を開いた。
重苦しい空気に耐え兼ねたようだった。
口から出たのは、やはりこの間の話。
深く息を吸って、次の言葉を待った。

「俺はやっぱりカゲミツから想われる資格なんてないと思ってる」

そんなことない、と言いかけてやめた。
今ここでそんなことを言っても結末は変わらない。
ただ、タマキを悩ますだけだ。

「でも、この間カゲミツの想いを聞いて嬉しいって、思ったんだ」

ぽつり、ぽつりと吐き出される言葉をぼんやりと聞く。
俺に対する思いやりなんかいらない。
変な期待をしそうになるから。
俺はカナエが好きだから、お前の気持ちには答えられない。
そう言って最後にじゃあなと笑ってくれるだけでいいんだ。
そんな俺の願いとは裏腹に、タマキは話を続けた。

「記憶がない俺を一番温かく迎えてくれたのはカゲミツだった」

もう止めて欲しかった。
変に期待しそうではなく、もう既に期待してしまっていた。
なのにこれから待ち受けるものは絶望しかない。
どうせ落とされるのなら、傷は浅い方がいい。
これ以上期待して落とされたら、俺は耐えられる自信がない。

「あれからずっと考えてたんだ」

タマキは俯いていた顔を上げ、俺と目線を合わせた。
あの時と同じ決意を秘めた目に心の準備を決めた。

「カナエを救いたい、・・・でもそれは恋愛感情じゃないんだ」

覚悟を決めた俺に聞こえた言葉は予想外のもので目を見開く。

「確かに前はカナエが好きだった、けど今は違う」

頬に優しくタマキの手が触れた。

「俺は、・・・お前が好きだ」

そう言って優しく微笑むタマキは幻だろうか。
こんな結末、俺の描いていた想像にはなかった。
鼻の奥がツンとして、頬に水滴がぽたりと落ちた。
タマキはそれを優しく手で掬う。

「もうカゲミツを泣かせないし、辛い思いもさせない」

そう言われて初めて自分が泣いているのだと気付いた。
堪えようとしても、涙がどんどん溢れてくる。

「俺がカゲミツを幸せにする」

目を見てはっきりと言われた言葉は俺の心を満たしていって。

「・・・それは俺の台詞だ」

格好悪いところは見せないつもりだったのに、結局全部タマキに持っていかれてしまった。
顔を隠すように抱き寄せると、背中に腕が回った。

「その言葉、忘れるなよ」

期待、してるからと耳元で囁かれて俺は情けないが鼻声で任せろと答えた。
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