契約恋愛

雨がぽつりぽつりと窓を濡らす休日の昼下がり。
電気をつけていない部屋でカゲミツは一人ため息をつく。
せっかくの休みだというのに何も手につかない。
何かしなければと思うのに、アイツの顔を思い浮かべてやる気が失せていく。
昨日の夜からろくに食事も取っていない。
何か食べないと、・・・でも面倒臭い。この繰り返しだ。
全ては心を支配する、アイツのせいだ。
始めたときは、こんなことになるなんて思ってもいなかった。

「俺の恋人のフリをしてくれない?」

オミからそう持ち掛けられたのは、つい半年くらい前だっただろうか。
男同士で有り得ないだろ、最初はそう思った。
しかし高額の謝礼と本当に困っている様子のオミを見て、その話を引き受けた。
一度、なんで俺なんだと聞いたことがある。同性の恋人なんて、明らかに不自然だ。
するとオミはどうしてもお断りしたい縁談なんだと教えてくれた。
良家の令嬢との縁談なのに、何がそんなに気に入らないんだ。
カゲミツの問いに、女性だとその子に迷惑掛かるだろう?と答えた。
そんなことで始まった、カゲミツの契約恋人生活。
最初は恋人という存在が欲しいだけかと思っていた。
しかし二人で映画に行ったり、男女ならデートと呼ぶようなこともたくさんした。
断ることも出来たけれど、そうしなかったのは高額の謝礼だけが理由じゃない。
優しく接してくれるオミに、だんだんと本物の恋愛感情を抱いてきたからだ。
ただの契約のはずだったのに、カゲミツはもうこの恋を止められそうになかった。

そんなことを考えていると、携帯が震えた。
アイツかもしれない。
そう思うとカゲミツは少し離れたところに置いてあった携帯を手に取った。
急いで開いて中身を確認してがっくりと肩を落とす。
またひとりで空回り。
そういえば今日、縁談を申し込んできたお嬢さんと会うと言ってたな。
思い出して気分が更に重くなる。
きっとオミのことだから、諦めさせるつもりがもっと夢中にさせているのだろう。
はぁーと重いため息をついて、体を机に預ける。
今頃お嬢さんと楽しく食事でもしてるのかな、なんて考えて首をゆるく振る。
そんなこと考えたって、気分が滅入るだけなのに。
そう思っても、見たことのない女の人と楽しそうに食事するオミの顔が頭から離れない。
このまま寝てしまえば考えなくて済む。
しかしベッドまでの移動すら煩わしく感じるカゲミツはそのまま眠る体制に入った。

うとうと、少しまどろみ始めた頃にまた携帯が震えた。
ぶるるるると響く振動は、電話の着信を伝えている。
誰かと話す気分じゃなかったので、無視を決め込もうとした。
しかしいつまで経っても止まない振動に、カゲミツは面倒臭そうに手を伸ばした。

「・・・ハイ」
「もしかして、もう寝てた?」

携帯から聞こえる声は、ずっと頭の中を離れないアイツの声で心が震えた。
嬉しい気持ちを抑えつつ起きていたと答える。
眠気なんてオミの声が聞こえた一瞬で吹っ飛んだ。
よかったと笑う声に胸がどきどきと高鳴る。
それから今日の出来事を報告してくるオミに、本物の恋人みたいだなんて考えてちくり心が痛んだ。
別に報告なんかしてくれなくたっていいのにと天邪鬼な自分が出てくる。
本物の恋人じゃないんだから。オミの優しさが苦しかった。

「今日もお断りしたんだけど、納得してくれなくて」

だからもう少しこのままでいてくれないかと言う声に心臓が跳ねた。
同時に、相手が納得したらこの関係が終わってしまうんだと実感した。
もしかしたら、すぐにでもやって来るかもしれないその瞬間。
せめて終わりの日までは愛してほしいなんて、ワガママだろうか。
もちろん、そんなことオミには言える訳もないのだけれど。

「じゃあそろそろ切るよ。おやすみ、カゲミツ」

しばらく話した後、オミはそう言って電話を切った。


それからしばらくしたある日、カゲミツはオミに呼び出されていた。
夜の公園は夏だというのに少しひんやりと肌寒くて腕をさする。
カゲミツが到着してから数分後にオミがやってきた。
嬉しそうな顔でオミが放った一言は、カゲミツをどん底に突き落とした。

「やっと相手方が納得してくれたんだ」

それはこの関係の終わりを意味していて、カゲミツの頭は真っ白になった。
オミが何か話しているが、全く耳に入ってこない。
楽しかった日々が、走馬灯のように流れていく。
二人で見た映画、よく行ったあのバー、一泊二日の旅行。
・・・ふざけて一度だけ触れた唇。
そのときのことを思い出すと、今でもどきどきとした気持ちが甦ってくる。
冷たいキスでいいから、もう一度その唇に触れたかった。
いつか終わる関係だと分かっていたのに、ショックを抑えきることが出来なかった。
いつも別れを見つめていたのに、現実は想像以上に辛いものだった。
誰よりもずっとそばにいたのに、もうオミの隣にいるのは自分じゃない。
悲しくて俯いていると、ありがとうとオミに抱き締められた。
こういうことをされるのもきっと最後だろうなと漠然と思う。
ならばこの抱き締める体温をしっかり覚えておこうとカゲミツは思った。
ぬくもりは裏切らないから。
オミが抱き締めていた腕を解いた。
ニッコリと笑う顔は月明かりに照らされて、とても綺麗だった。
オミに恋した時間はもやもやしたし、何も手につかないなんてこともあった。
自分の気持ちに気付いてから体重が3キロ痩せたりもした。
けれども、これだけはオミに伝えておきたかった。

「お前のせいでいろいろ苦労もしたけど、それでも幸せだったよ」

ありがとう、そう言って無理矢理笑顔を作った。

「さようならの時間だな」

それじゃあと言ってカゲミツは後ろを向いて歩き出した。
しばらく会うことはないだろうとは言えなかった。
そのまま振り返ることなく歩いていると、突然腕を引っ張られた。

「俺の話全然聞いてなかったでしょ?」

そう言って、カゲミツはもう一度抱き締められた。

「今度はちゃんと、恋人として付き合ってくれませんか?」

イエスの代わりに、広いその背中に腕を回した。

by確かに恋だった様(契約彼氏に恋をする10題)
back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -