カゲミツが付き合い始めて三ヶ月が経った。 俺たちは手を繋ぐだけで精一杯な甘酸っぱい恋愛をしていた。 大切にされている、には違いなかった。 目が合えば笑いかけてくれる、その幸せそうな表情に愛されているとも思う。 しかし俺もカゲミツもいい大人だ。 愛し合うからこそ、次のステップに進みたい。 そう考えていたある日のことだった。 「カゲミツとは最近どうだ?」 解散後、バンプアップで一人でいると、隊長に声を掛けられた。 特に進展もないので、愛想笑いで答える。 隊長はそうかと頷いて隣に座った。 カゲミツと付き合うことになったとき、隊長には報告していた。 というより、カゲミツがタマキは俺のだから手を出すなと宣言していたので、隊長は俺たちのことを知っている。 (どういう意味か、分からなかったけれど) だから時々、隊長には話を聞いてもらっていた。 大きな声で言えない俺たちの関係。 隊長がこの関係を理解してくれているのは大きな支えだった。 しばらく二人で黙って飲んでいると、ふいに隊長が口を開いた。 「人のものは奪いたくなるな」 え?と驚いて隊長の顔を見るとフッと笑って手からグラスを取られた。 そのまま俺のグラスに口をつけて一気に飲み干した。 ごくりと鳴る喉が、妙に大きく聞こえた。 「悩み事があれば、いつでも聞くぞ」 あんまり思い詰めるな、と隊長は肩を叩いてバンプアップを出て行った。 俺は颯爽とコートを靡かせるその背中を黙って見つめることしか出来なかった。 数日後、俺はミーティングルームのソファーの上に押し倒されていた。 切羽詰まった表情のカゲミツが起きようとする体を押さえ付ける。 ただ事ではないと思い、どうしたと聞こうとしたところでドアが開いた。 「お取り込み中のところ悪いな」 隊長は俺たちを見るなりそう言って平然と中に入ってきた。 驚く俺と、苛立ちを隠さないカゲミツ。 一瞬の間を置いて、カゲミツが噛み付いた。 「今取り込み中なんで出ていけよ!」 「俺もどうしても資料が必要でな」 全く気にすることなく資料を探す隊長にカゲミツが立ち上がった。 カゲミツ!と声をあげる間もなく、カゲミツは隊長に殴りかかっていた。 しかし相手は特殊部隊の隊長だ。 諜報員のカゲミツのパンチをひらりとかわす。 くそ、と呟き、なおも殴りかかるカゲミツを後ろから押さえ込む。 「やめろ!カゲミツ!」 俺がそう言うと、カゲミツの動きが止まった。 安心して顔を覗き込むとムッとした表情のカゲミツと目が合った。 なぜ止めるのか、口に出さないが目がそう言っている。 何にそんなに怒っているのだろうか。 カゲミツの気持ちが分からなくて俺まで苛立ってきた。 それが伝わったのだろうか。 苛立ちの中に少し悲しさが混ざった目が俺を見る。 「タマキはキヨタカがいいんだな」 カゲミツはそう告げると出て行ってしまった。 待って、と追いかけようとしたところを隊長に止められる。 「今は刺激しない方がいい」 そう言われて、立ち止まる。 今日のカゲミツは、少し様子がおかしい。 「邪魔して悪かったな」 まぁわざとだけど、と付け加えられた言葉に驚く。 あいつの様子がおかしかったからと、という言葉に優しさを感じる。 「いえ、助かりました」 次のステップに進みたいと思っていたが、あんな形では嫌だった。 恋人同士なんだから、もっと穏やかにそのときが来ると思っていた。 「俺がけしかけすぎたかな」 その言葉に隊長の顔を見ると、困ったように笑っていた。 「あんまり二人に進展がないからな・・・」 うかうかしてると、俺が奪うぞ。 隊長はカゲミツにそう言ったらしい。 それであんなにも切羽詰まった表情だったのかと納得する。 俺はカゲミツのことが好きなのに。 隊長の言葉にそんなに焦る必要はないのに。 全ては自分を思ってくれてるからゆえの行動だった。 そう考えると、先ほどの少し乱暴なやり方も愛しく感じられた。 カゲミツに話をしに行こう。 きっと近所の公園で迎えを待っているはずだ。 「ありがとうございました」 今からカゲミツを迎えに行きます、と言いかけた言葉は隊長によって遮られた。 「あんな退屈な奴やめて俺にしないか?」 ふわりと笑うその表情は、とても大人の色気を漂わせていて。 冗談はやめて下さい、という俺の顔はきっと真っ赤だろう。 「俺は本気だぞ」 顎を掬うその手にどきどきしてしまう。 そのまま顎を掴まれて、絡んだ視線を外すことが出来ない。 逃げようと思えば、逃げることが出来るはずなに。 「俺は・・・、」 「気持ちが揺れてるって、認めたらどうだ」 カゲミツと過ごした三ヶ月間を思い返す。 刺激的ではなかったけれど、平和な日々だった。 「奪われたいって顔、してるぞ」 色気をたっぷりと含んだ低い声で囁かれ、心臓がどきりと跳ねた。 「俺が教えてやろう、大人の恋愛ってヤツを」 そう聞こえると同時にだんだんと黒い瞳が近付いてきて。 俺は思わず目を閉じてしまったのだった。 虎視眈々、 |