俺の気持ちも知らないで

恋人だというのに、全然知らないことばっかりだ。
タマキがそう思ったのは、今日の朝の出来事だった。
カーテンの間から差し込む光に目を覚ますと、耳元で規則正しい寝息が聞こえた。
抱き締める腕の主を起こさないように顔を見る。
眼鏡をかけていないキヨタカを見て、整った顔だと改めて思った。
と同時に、眼鏡をかけていない恋人をあまり見たことがないことに気付いた。
顔をじっと見つめて思いを巡らせていると、キヨタカがんっ、と身動ぎをした。
聞いたことのない寝声に、タマキの胸がどきりと高鳴った。
そういえば、恋人の寝顔を見るのも初めてかもしれない。
一緒に寝てもいつもキヨタカが先に目を覚まして自分の寝顔を覗き込んでいる。
無防備な寝顔を珍しいと見ていると、キヨタカの目がゆっくりと開いた。
タマキ?と疑問系で呼び掛けながらサイドテーブルの上の眼鏡を手探りする。
眼鏡がなく全然見えていないのか、なかなか目的のものに辿り着かない。
こんなキヨタカを見たのは、初めてだった。
いつもはしっかりとしていて、余裕に溢れているキヨタカの素の表情。
タマキが少し手を伸ばして、眼鏡を手に渡すとありがとうといういつもの声が返って来た。
先に起きていたのかと笑って髪を撫でる手はいつものキヨタカで、タマキは何だか面白くない気分になった。

そんなことがあった仕事のあと、タマキはキヨタカとカゲミツとヒカルの4人でバンプアップに来ていた。
諜報班の二人が次の任務に関する重要な情報を入手したらしい。
頑張ったんだからなと胸を張る二人にせがまれ、今日はキヨタカの奢りだ。
我慢した分、思う存分飲むといいと笑うキヨタカに二人はよっしゃー!と喜んだ。
カゲミツは一番高い酒を頼んでやる、なんて意気込んでいる。
最初は今回の情報を得るのがどれだけ大変だったかという話だった。
しかし酒が入るにつれ盛り上がる話はだんだんと昔話へと進んでいった。

「キヨタカは昔から変に大人びたガキだったよな」

カゲミツがニヤリと笑いながら言うとヒカルもそうそうと同調した。

「そう言うカゲミツは昔っから捻くれていたな」

お返しだと言わんばかりにキヨタカも笑う。
その様子にタマキは一人疎外感を覚えた。
二人は自分よりもっと昔からキヨタカを知っている。
自分の知らないキヨタカを、たくさん知っている。
昔はガキっぽいところも少しはあったんだぜと笑うカゲミツに愛想笑いで答えた。
心の中にもやもやとしたものが広がる。

「俺、先に帰ります」

がたり、音を立てて椅子から立ち上がった。
話に花を咲かせていた三人が同時にタマキを見た。
まだいいじゃないかと手をひくカゲミツを宥めて店の外に飛び出す。
(そうか、気をつけてなと笑っているだけのキヨタカに、実は少し傷付いた)

自分の知らないキヨタカのことを聞くのが嫌な訳ではなかった。
しかし今朝のことが頭に引っ掛かっていたタマキには、その話を楽しんで聞くことが出来なかった。

「・・・バカ」

自分の子供っぽさと寂しさで少し、涙が出そうだ。

「誰がバカだって?」

誰にも聞かれることのないと思っていた独り言は、少し息を切らしている恋人に聞かれていて。
えっ、と驚く暇もなくキヨタカの腕に引き込まれた。

「三人だけで盛り上がってすまなかった」

と抱き締める腕にぎゅっと力が込められる。
マスターに叱られた、という声は苦笑と自嘲の混じった声に顔をあげる。
いつもきっちりと着られているコートが少し乱れているのが見えた。
急いで追い掛けてきてくれたのかと思うと、タマキはさっきとは違う意味で涙が出そうになった。
黙ってキヨタカの胸に顔を預かると、どくんどくんと心臓の音が聞こえた。

「一緒に帰ろう」

キヨタカは耳元でそう囁くと、タマキの手を取って今来た道を歩き始めた。

「俺の家はそっちじゃ・・・!」
「今日も俺の家に来い」

命令口調で言われると逆らえない。
タマキは大人しくキヨタカの手にひかれた。

家に着いてタマキをソファーに座らせると、キヨタカは飲み直しだとワインを持って来た。

「タマキの知らない話ばかりでつまらない思いをさせたな」

悪かった、と肩を引き寄せられて髪を撫でられる。
その言葉に返事をせず黙っていると、どうした?と顔を覗き込まれた。

「・・・俺、隊長のこと何も知らないなと思って」

昔の話はもちろんのこと、付き合っているのに寝顔すらろくに見たこともなかった。
タマキがぽつりともらすと、キヨタカは楽しそうに笑った。
なんだそんなことかとわしゃわしゃと髪をかきまぜられて、少しムッとなる。

「これからお前しか知らない俺を知っていけばいいだろう?」

真剣な表情で目を見つめられてそんなことを言われると真っ赤になって頷くことしか出来ず。
可愛いな、タマキはという言葉に反論も出来ずワインに口をつけた。

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