それは、悪夢のはじまりだったのかもしれない

「お前のところのリーダーを預かった
  返して欲しければお前が一人で来い」

という紙切れが落ちていたのはヒカルがいない夜のワゴン車だった。
明らかに、カゲミツに向けられたその紙切れに歯を食いしばる。
ぎゅっと握り締めた拳、食い込む爪の痛みすら感じない。

「くそっ・・・!」

手に持っていた紙切れをぐちゃぐちゃに丸めて投げ捨てる。
冷静さを失ったカゲミツは、それが罠だとも知らずにその場所へと急いだ。
今となってキヨタカに相談すればよかった、なぜ罠だと考えなかったのかと自分を責める。
あの日、指定の場所に到着したカゲミツはオミの姿を見たと同時に意識を失った。

次に目を覚ますと、まっさらなシーツの広がるキングサイズのベッドの上だった。
ん・・・、と身をよじると頭上から声が聞こえた

「おはようカゲミツ。やっとお目覚めかい?」

まだ正常に働かない頭で声の主を見る。
そこには満面の笑みを浮かべたナイツオブランドのリーダー、オミが立っていた。
そうして自分の置かれた状況を思い出す。
タマキがさらわれ、焦った自分は何も考えず一人で指定の場所に向かって、目の前の男と会った。
これはもしかしなくても、まずい状況だ。
やっと昏睡状態から回復したというのに、またもや命の危機にさらされるなんて。
カゲミツは自分の運命を呪いたくなった。
キッと目の前の男を睨みつけるも表情は変わらない。

「そんなに怖い顔しなくてもいいじゃない」

それより朝ごはんが出来たよと腕をひかれて気付く。
腕にも足にも、拘束するものは何ひとつついていないのだ。
なぜだと難しい顔をするカゲミツに、オミは先程と変わらない笑顔で行くよと促した。
部屋を移動して、すでに食事が用意された席に座らせられる。

「早く食べないと冷めるよ」

オミはそう言うと、パンをちぎって口に入れた。
自分は敵に捕らえられているはずなのにとカゲミツは戸惑う。
敵に捕われた者は拘束されて拷問されるもんじゃないのか?
少なくとも、テレビで見た限りではそうだった。
顎に手をそえ、思考を巡らせているとオミの声が耳に入る。

「毒なんか入れてないよ」

そう言ってカゲミツの目の前のパンをちぎって食べた。
ほら、大丈夫だろというオミにとりあえず頷く。
自分をどうしたいのか予想がつかないが、今すぐに殺されることはないだろう。
カゲミツはそう思いスプーンを手に取った。
食事が終わると目覚めた部屋へと連れて行かれた。
大きな部屋に大きなベッドだけがある。
手をひかれてベッドに腰掛けるとオミも隣に座った。
窓から降り注ぐ光に反射して光るカゲミツの髪にオミの手が触れる。

「綺麗だよ、カゲミツ」

幸せそうに笑うオミを見て、カゲミツは大事なことを思い出した。

「タマキは?タマキは無事なのか!」

その言葉を聞いた瞬間、オミの表情が鋭いものへ変わる。

「カゲミツは本当にタマキのことが好きだね」
「うるさい!質問に答えろ!」

オミはどうなんだと肩を揺らしてくるカゲミツの手を掴んでひとつに束ねた。
諜報班とはいえ特殊部隊の一員だというのに細過ぎるとオミは心の中でため息をつく。
そのまま少し力を入れて押し倒してやるとカゲミツの体はぽすりとベッドに沈んだ。
それでもカゲミツはオミを睨みつけたままだった。
こんな状況になっても自分のことよりタマキのことを考えるのか。
そこまで愛されているタマキにオミは激しい嫉妬心を覚えた。

「無事だよ。まだここにいるけどね」

冷たく、突き放すように言うとカゲミツの瞳が一瞬揺れた。

「俺が一人で来たら帰す約束だっただろ!」
「まだ聞きたいことがあるからね」

そう言ってカゲミツの頬に優しく触れる。
それでもカゲミツの表情は変わらない。

「タマキに会わせてくれ」

この目でタマキの無事を確認したい、俺はどうなってもいいと懇願するカゲミツにオミは少し悲しくなった。
カゲミツを愛しているのは自分なのに、彼の目に自分はまるで映っていない。
そこまで愛されているタマキを羨ましくも思った。

「それは出来ない」

だって、タマキに会うと二人で逃げるだろ?と言うと手錠をつけてもいいからとカゲミツは答えた。

「いくらカゲミツの頼みでもそれは出来ない」

冷たく言い放ってもカゲミツは食い下がってきた。

「俺が全部話すから、」

だからタマキだけは助けて欲しい。
カゲミツは先程までの威勢をすっかりなくしていた。
他人のためにそこまでするカゲミツなんて、オミは知らない。

「カゲミツは知らないことだから」

そう言って押し倒したカゲミツの上に優しくかぶさった。
驚いて目を丸くする彼の額の髪をかきあげ、唇を落とす。
そのキスで少しは気持ちが伝わるといいなんて、意外と女々しい考えの自分にオミは苦笑した。

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