隣で気持ち良さそうに眠るカゲミツを見ながら、タマキはなかなか寝付くことが出来なかった。 好きだ、それは一体どういう意味なんだ。 仲間としてなのか、友達としてなのか、はたまた別の意味を持っているのか。 そんなことを考えているとまんじりともしないうちに夜が明けてしまった。 目を覚ましたら真っ先に確認しよう。 そう思ってカゲミツが目を覚ますのを待っていたのだけど。 「な、なんでタマキがここに!?」 目を覚ましたカゲミツにおはようと声を掛けると返ってきたのはこんな一言だった。 嫌な予感がする。 「昨日のこと、覚えてないのか?」 「昨日はヒカルと飲んでて」 「うん」 「…」 「…」 「それしか覚えてねぇ…」 こっちはドキドキしてほとんど寝れなかったというのにアイツは覚えてないらしい。 何かがぷっつりと切れる音が聞こえた。 「カゲミツのバカ!」 そう叫んでワゴン車を飛び出した。 後ろでちょっと待ってとかごめんとか聞こえるけれど、そんなもん聞いてやるもんか。 途中携帯に着信があったけれど名前も確認せず電源を切ってやった。 なんかドキドキしたのがバカらしい。 俺の睡眠時間返せよ!そう悪態をつきながらタマキは自宅へと帰った。 * その日の集合は夕方からだった。 タマキがミーティングルームに入るとすでに来ていたカゲミツがいの一番に近付いてくる。 「タマキ、ごめん」 「何が?」 「俺酔ってタマキになんかしちまったんだよな…?」 含みのある言い方に視線が集まったがそんなことはどうでもいい。 「もういいよ、カゲミツは覚えてないんだろ?」 「でもタマキを怒らせるようなことしたなら謝りたいから」 「何やったか覚えてないのに謝って意味あるのか?」 かなりきつめに言ってしまった自覚はある。 最後にもう一度ごめんと言って引き下がったカゲミツが傷付いたような顔をしていて胸が痛くなる。 その後しょげた様子でパソコンに向かう後ろ姿を見ているとヒカルが声を掛けてきた。 「ずいぶん怒ってるな」 「別に」 「とりあえず今日は俺と二人で飲もうぜ」 少なくとも喧嘩の発端を作ったのは俺だしとヒカルは付け加えた。 それにさすがにこのままじゃカゲミツが可哀想だと言ったヒカルに、どこまで過保護なんだと思いながらも頷いた。 感情のままに動いたせいで、カゲミツとどう関係を修復すればいいのか分からなくなっていたのだ。 * 昨日カゲミツと座っていた場所にヒカルと並んで座る。 まずはお疲れとビールを乾杯したところでヒカルが早速本題を切り出した。 「タマキは一体何をそんなに怒ってるんだ?」 何をと聞かれると答えにくいことに気が付いた。 好きだと言われてその真相を聞こうとしたら相手が覚えていなかった。 それだけでこんなに怒ることだろうか? 悩んでいるとヒカルがおかわりと言って勝手に追加を頼んでしまった。 「まあシラフじゃ話しにくいこともあるよな」 ヒカルはそう判断したようで飲めよと酒を勧めてくる。 やっぱ酒はいいなーと美味しそうに飲むヒカルに合わせているとすぐに酔ってしまったようだ。 「で、カゲミツに何されたんだよ?」 「カゲミツに好きだって言われた…」 マジで!?と大げさに驚くヒカルに頷いて、でも言った瞬間寝たんだよと付け加える。 「それで?」 「そのままぐっすりと寝てた」 それを聞いてグラスを口に運ぼうとしていたヒカルの手が止まった。 「あの、無理矢理なんかされたとか」 「全然ない」 「それであんなに怒ってたのか?」 そんなに怒ることじゃないだろうと言外にほのめかすヒカルにムッとして言い返す。 「でも起きたら全部忘れてたんだぞ!」 こっちがどんな思いで一晩過ごしたか、ほとんど寝られなかったことを主張すると今度は呆れたような顔をされた。 「ならそれをそのままカゲミツに言ってやればいいだろ」 「なんかそれはむかつく…」 心配して損したと空を仰いだヒカルに文句をつけようとするとバンプアップのドアが開いた。 そこには暗い顔をしたカゲミツが立っていてバッとヒカルの方を振り向く。 「俺の出る幕は終わったから後は二人でどうにか仲直りしろよ」 去り際、カゲミツにお前って本当ヘタレだなと声を掛けてヒカルは店を出て行った。 意味が分からずに立ちすくむカゲミツをとりあえず隣に座らせる。 「昨日のこと、まだ思い出さないのか?」 「ごめん…」 ヒカルとマスターに話を聞いたらしく、自分が相当酔っていたとことは分かったらしい。 「じゃあ俺が来たのは?」 「それは覚えてないんだ、メールや電話した形跡もないし」 「俺を呼び出したのはヒカルだ」 そう伝えるとカゲミツは驚いたように目を見開いた。 「てっきり俺が夜中に呼び出したから怒ってるんだと思ってた…」 「違う、なんで自分で呼び出したと思ったんだ?」 そう言うとそれは…ともじもじとしてはっきり言葉にしない。 はっきりしろと言うとワゴン車に移動したいと言い出した。 場所をワゴン車に移してカゲミツの言葉を待つ。 「…タマキのことが好きなんだ」 しばらく向かい合ったまま無言だったカゲミツだったが意を決したらしい。 昨日と同じように真っ直ぐ見つめながらカゲミツはそう言った。 「どういう意味で?」 「え?」 「好きにもいろんな種類があるだろ」 そう言うとカゲミツは一瞬困ったような表情を見せたが、一呼吸してから恋愛としてだと答えた。 その答えが聞きたかったのだ。 それを聞いた瞬間になぜか突然眠気が襲ってきてカゲミツに寄り掛かる。 焦った声で名前を呼ばれているが昨夜あまり寝れなかったせいで睡眠不足なんだ。 どんどん遠くなっていくカゲミツの声がついにぷつりと聞こえなくなった。 * 「おはよう」 目を覚ますとそこには疲れた表情のカゲミツが座っていた。 気分悪くないかと水を差し出してくれたので受け取るために身体を起こす。 一口水を口に含むとカゲミツが躊躇いがちに聞いてきた。 「昨日俺が言ったこと、覚えてるか?」 真っ直ぐに好きだと伝えてきたカゲミツの顔が脳裏に浮かぶ。 ゆっくり頷くとそっかとカゲミツは力ない笑みを浮かべた。 「悪かったな、変なこと言って」 なかったことにしてくれないか、そう言われて頭にカッと血が上った。 「お前はそれでいいのか?」 「男に好きだなんて言われても気持ち悪いだけだろ」 勝手に人の気持ちを決め付けるな! 好きだと言われて戸惑いはしたけど気持ち悪いなんてちっとも思わなかったぞ。 だから! 「もう一回言え」 「は?」 「三度目の正直だ、それとも酔ってないと言えないのか?」 三度目?とカゲミツは首を傾げているが喧嘩腰の口調に乗せられたらしい。 「俺はタマキが好きだ!」 真っ直ぐに言われたその言葉が心に入り込んでくる。 だからその言葉に真剣に答えなければならない。 「正直、俺はわからない」 そう言うとカゲミツの表情が曇った。 そりゃ告白をやり直しさせられてこんなこと言われたら誰だってそうなるだろう。 だけど最後まで話を聞いて欲しい。 「だけど気持ち悪いとかそんなことは全然思わなかった」 俯いたカゲミツはそろりと顔を上げる。 「だから今度遊びに行ってみないか、二人だけで」 その言葉を聞いた瞬間、ぱぁっと明るくなった表情を見て純粋に可愛いと思う。 「最初は友達からでどうだ?」 そう差し出した右手はしっかりと握り返されたのだった。 三度目の正直 back |