「ついてねぇ…」

ぐたりとベッドに横たわりながらカゲミツが呟いた。
昨日の夜からなんだか寒気がするなと思ってはいたけれど。
睡眠が一番の薬だと早めにベッドに入ったのにこの有様だ。
ぐらりぐらりと回る天井、いつもより厚着をしたのに襲って来る寒気、止まらない咳と鼻水。
誰がどう見たって風邪だ。
そんな状況でとりあえず連絡しなければと思い、必死でヒカルに電話をしてみたのだが。

「誕生日に風邪ひくってとことんついてないな!」

労わるどころかそんなことを言われて電話を切られた。
言われなければすっかり忘れていたというのに、思い出してしまえば情けなさが倍増するばかりだ。
もしかしたらタマキが祝ってくれたかとしれないと思うと悔しくて手足をバタバタと動かしたくなる。
実際は体が重くてそんなことは出来ないけれど。
あとで救援部隊としてトキオを派遣してやると聞いたような気がするが定かではない。
はぁとついたため息は熱っぽくて辟易してしまう。
まあ日頃の体調管理がなっていないと言われればそれまでなんだけど。
何もこんな日に発症しなくてもと自分の運の悪さをただ呪いたくなった。
そんなことを考えている間にうとうとしてしまっていたらしい。
キッチンの方から聞こえるドタバタという音にトキオが来たのだろうとぼんやりとした頭で考えた。
風邪をひくと人恋しくなるっていうのは本当なんだな。
見えないけれど人の気配に安心したカゲミツは再びうとうとと眠りについたのだった。
朦朧とした頭では気付かなかったのだ。
トキオがそんな物騒な物音を立てるはずがないということを。

次にカゲミツが目を覚ましたのはおでこに冷たいものが乗せられたときだった。
冷たさに驚いて起き上がりそうになったけれど、起き上がれずにただピクリと動くだけに留まる。

「カゲミツ起きたのか?」

声を掛けられたのでちらりと目をやると、そこにはマスクをしたタマキが座っていた。
起きたつもりだったけど、まだ夢の中にいるらしい。
どうせ夢ならマスクなんてリアルなものをつけてない夢が良かった。
そんなことを考えているとスッとタマキが手を伸ばしてカゲミツのおでこに触れた。

「熱、下がらないな…」

マスクはいらないけれどタマキに看病してもらえるなら本望じゃないか。
夢の中だけど。
氷枕を作っていたらしいタマキの手は冷たくて気持ちいい。
ほっぺたを擦り寄せると驚いたように手を引かれてしまった。
風邪をひいてるからこんな嫌な夢を見るのか?
夢だとわかっていても不貞腐れてしまう。
ごろりと寝返りをうつと、タマキが申し訳なさそうな声を出した。

「ごめん、びっくりしちゃって」

そして恐る恐る冷たい指でカゲミツの頬に触れた。
気持ち良さに表情を緩ませるとタマキも安心したように息を吐き出した。

「お粥作ったんだけど食えるか?」
「タマキが作ったお粥…食いたい」
「じゃあ取ってくるからそのまま待ってろよ」

冷たい手が離れていって心細い気分になったが、すぐにタマキは戻ってきた。
ちょっと起こすぞと言って背中にタマキの腕が回ってくる。
感触も温度も現実じゃないかと思うほどにリアルだ。
まあそんなはずないんだけど。
そう思って重い目蓋を開けると、そこには夢だと思っていた光景がそのままで広がっていたのだ。

「タマキ…?」
「どうした?辛いか?」

心配そうに顔を覗き込んでくるのは紛れもなくタマキで、これはまだ夢の続きなのかと疑いたくなる。
それにヒカルはトキオを派遣すると言っていたはずだし。

「トキオは…?」
「急な仕事が入ったから俺が代わりにきたんだ」

頼りないけど頑張るからと言われて、ようやくこれが現実なのだと理解することが出来た。
どこの誰だか知らないけれどトキオに仕事を振ってくれてありがとう。
今ならさっきまで恨んでいた神様にだって感謝してやる。
そんなことを考えていると、タマキが慣れない手つきでスプーンをすくい上げた。
ふーふーとしている姿が可愛らしい。
ぼんやりとそれを眺めていると、そのスプーンが自分の方へと差し出された。

「トキオに言われた通り作ったから多分大丈夫なはずだ」

ほらと差し出されて、これがいわゆるあーんだと気が付いて顔が赤くなる。
タマキが大丈夫かなんて心配してくれているが、理由は絶対に言えない。
そのまま口に入れられたお粥はほとんど味を感じることが出来なかったけど、タマキが作ってくれたというだけで他のどんな料理よりも美味しく思えた。

「迷惑かけちまったな…」
「今はそんなこと考えなくていいから、早く元気になれよ」
「サンキュウ」

お粥を食べ終えた後、タマキはカゲミツが眠れるようにとトントンと優しいリズムを聞かせてくれた。
タマキがいてくれることと満足感でカゲミツがまたうとうとと微睡み始める。
遠くでタマキの声がするがはっきりとは聞き取れない。
聞き返そうにもむにゃむにゃとしか言うことが出来ずに、カゲミツはすとんと眠りに落ちた。

「何誕生日に風邪なんかひいてるんだよ」

完全に寝入ったカゲミツの頬をツンツンとしながらタマキがぼそりと呟く。

「誕生日だから誰にも邪魔されずに食事に誘えると思ったのに」

相手が寝ていると思うと、普段言えない本音がつらつらと溢れ出てきてしまう。

「この代償は高くつくからな、覚えとけよ」

トキオに頼み込んで代わってもらったなんて知る由もないカゲミツは穏やかな寝息を立てている。

「でも誕生日おめでとう」

つけていたマスクをそっとはずして、カゲミツの熱で赤らんだ頬にキスを落とすのだった。
禍転じて福と為す?

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