「倒れるまで頑張ったら意味がないだろ」

柔らかな陽射しが差し込む午後。
タマキはとある病院の一室でリンゴを剥きながらそう言った。
咎められたのは真っ白なベッドに横たわるカゲミツだ。
次の任務に必要な情報を集める為、寝る間も惜しんで作業した結果過労で倒れてしまったのだ。

「ごめん、迷惑かけて」
「そういう意味で言ってるんじゃない」

じゃあなんで不機嫌なんだ?
タマキの心情を察することのできないカゲミツが戸惑っていると、男らしく不器用に切られたリンゴをカゲミツに差し出された。

「食えるか?」

食べれなくはないが動くのが億劫だ。
それにもしここで無理だと言ったらタマキが食べさせてくれるかもしれない。
そんなに上手くいかないかもしれないが、微かな期待を込めて小さく首を横に振った。

「そうか、ならしょうがないな」

タマキの言葉に期待は外れたのだと心の中で溜め息をこぼす。
と、いきなり目の前にフォークに刺さったリンゴが差し出された。

「これで食えるだろ」

これは疲れのせいで見た幻か、願望が強過ぎて夢を見ているのだろうか?
ぼんやりとしているカゲミツをタマキが急かす。

「何ボーッとしてるんだよ、ほら、あーん」

これは夢でも幻でもない!
言われるがままに口を開きながら急に不安になってタマキに確認してしまった。

「本当にいいのか?」
「食えないんだろ?」


もう一度あーんと言われてカゲミツは口に入れられたリンゴを頬張った。
今まで食べたリンゴの中で一番うまい。
いや、今まで食べたどんなものよりもうまい!
幸せを噛み締めているとまだあるぞという声とともにあーんというタマキの声が聞こえる。
過労で倒れてよかったと不謹慎な考えすら浮かんでしまう。
不器用に切られたせいでちょっと、いやかなり食べにくいことなんて今は気にならない。
そんな幸せなやり取りも数回繰り返せば終わりがやってくる。
すべて食べさせ終えたタマキがウェットティッシュで手を拭くのを眺めながら、カゲミツは今までの幸せな光景を頭の中でリピートさせていた。

やることがなくなったタマキが手持ち無沙汰とばかりにベッドの脇に手をついた。
不機嫌そうな表情は顔からまだ消えてはいない。
憧れだった"あーん"をしてもらったことにカゲミツのテンションは天にも昇りそうなほど高くなっていた。
丁寧にかけられた布団からそっと手を出しタマキのそれに重ねる。
顔を見る勇気は持ち合わせていないから視線は窓の外に投げっぱなしで。
もちろん指に力を込めるなんてことも出来ない。
ほら、病人は人恋しくなるって言うだろ?と少しズレていることを自覚しながら脳内で言い訳を考える。
重ねられたタマキは気付いてないのか気にしてないのか、とりあえず拒絶する様子はない。

しばらく二人の間に無言の時が流れた。
手はずっと重なったままだ。
幸せだ、だけどひとつ手に入れるともっと欲しくなるのが人間というものだ。
ちらりと横目でタマキの様子を窺って、最初の不機嫌がもうほとんど残っていないことを確認する。
そしてただ重なっているだけだった手にほんの少しだけ、力を込めた。
ぴくり、タマキの手が小さく反応を示す。
やっぱりやり過ぎだったとタマキの方を向くと、心なしかか顔が赤くなっているようだった。

「タマキ、ごめ」
「なんで俺が怒ってるかわからないのか?」
「俺が手を握っ」
「違う!もっと自分を大事にしろ!こっちはめちゃくちゃ心配したんだからな!」

すごい剣幕で言い募られているカゲミツは気付いてない。
力を込めた手をタマキが握り返していることを。
呆気に取られているとタマキは帰ると言って病室を出て行ってしまった。

カゲミツがぽかんとしていると、程なくしてキヨタカとヒカルが病室にやってきた。
二人してニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。

「ここに来る途中タマキに会ったんだ」
「顔真っ赤にしてさ、逃げるように帰っていったぜ」

なあキヨタカ?と話を振られたキヨタカは一層その笑みを深めた。

「おまえ、タマキに何か"ヘンなコト"したんじゃないのか?」

何を想像しているのかカゲミツ君やらしーなんてヒカルがチャチャを入れる。

「違う、俺はただ手を」
「「手を?」」
「・・・手を握っただけだ」

カゲミツの告白に一瞬きょとんとした二人だったが、すぐに腹を抱えて笑い出してしまった。

「何がおかしいんだ!」
「いや、二人とも可愛いなと思ってな」
「退院したらしっかりお礼するんだぞ」
「も、もちろんだ!」

まだ笑い足りないのを抑えて話す理由をカゲミツはまだわかっていない。
ヒカルの遠回しのアドバイスがカゲミツに届くのはまだまだ先のことになりそうだ。

不機嫌の理由

ついった診断メーカーより
カゲタマへのお題は『「さりげなく、手のひらに触れる」キーワードは「病気」』です。
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