押してダメなら引いてみる。
この前ヒカルに言われた言葉を実行しているオミだったが、カゲミツとの距離は開く一方のように感じた。
以前は自分から話し掛けていたので鬱陶しそうにされながらも二人の間に会話はあった。
だがここ数日自分から話し掛けるのを我慢してみると、必要最低限の会話しかなくなってしまったのだ。
本気の恋愛は我慢が大切だ。
ヒカルにそう言われて数日の間は堪えていた。
けれどもう我慢も限界だった。
カゲミツと話したいということではない。
カゲミツを好きでいることが辛くなってきてしまったのだ。
いつもは隙あらばカゲミツを盗み見ていたが今は視界に入れることすら辛い。
受け入れられることはないと思っていたけれど、関係が悪くなるとは思ってはいなかった。
せめて雑談が出来る同僚くらいには戻りたい。
だからこの気持ちは忘れてしまおう。
ずきりと胸が痛むけれど仕方ない。
そう心に決めて、オミはなるべくカゲミツに接しないように数日間を過ごした。

*

「おい」
「・・・」
「オミ」

カゲミツに名前を呼ばれてようやくオミは顔を上げた。

「無視してんじゃねーよ」
「ヒカルに話し掛けてるんだと思ってた」
「ヒカルはキヨタカんとこだろ」

言われてからあぁそうだったと思い出す。
そういえば面倒くせぇと言いながら幸せを隠し切れていないヒカルを見送ったような気もする。
ぼんやりした頭で考えていると、カゲミツが声色を変えた。

「それよりお前、調子悪いのか?」
「・・・どうして?」
「最近妙に静か、だし・・・」

そこから先は言い淀んだまま口を閉じてしまった。
諦めようとしているのだから、今まで通り気に掛けてくれなくていいのに。

「俺が話すとウザイんだろ?」

もっと柔らかい言い方は出来たはずだ。
だけど今更そんな心配している風なことを言ったカゲミツに苛立っていたのだ。
冷たく言い放つとカゲミツは黙り込んでしまった。
肯定されなくてよかったと安心する気持ちと、否定してくれないんだという悲しさと。
忘れようとしてるのに何考えてんだと冷静な自分もいる。

「ごめん」

しばらく黙り込んでいたカゲミツは突然そう言った。
好きだと言ったことに対しての謝罪?
それなら心配しなくてもと口を開きかけたときカゲミツが言葉を続けた。

「俺、タマキに好きだって言うときすげー緊張したんだ」

突然何かと思えばタマキの話?
オミの表情が曇ったことにカゲミツは気付かない。

「それこそ緊張して胸が潰れちまうんじゃないかってくらいだった」

そんな話は聞きたくない。
止めようと開きかけた口をまたカゲミツの言葉が遮る。

「男に告白するってさ、すげー勇気いるだろ?」

俺はそれを知ってるのに、お前に冷たくしちまった。
そこまで言われてようやくオミは冒頭の謝罪の意味を理解出来た。
出来たところで今それを言われても困るだけだけど。
どう言葉を掛けようかと悩んでいるとカゲミツがまた口を開いた。

「最近お前がいきなり静かになっただろ?」

最初は風邪でもひいたんだ、静かでいいと思ってた。
けど風邪をひいてるようにも見えなくて感じてた視線も感じなくなって、だから。

「なんか、寂しいって思ったんだ」

それは忘れようと決めた気持ちを揺るがすには充分過ぎた。
言葉を失ったオミにカゲミツが続ける。

「この数日間、俺なりにお前のことを考えたんだ」

お前が話し掛けてこなくなって初めて真面目に考えた。
そう付け加えられた言葉に、ヒカルの押してダメなら引いてみろと言われたのを思い出した。
なるほどと頭の中で納得していると、カゲミツが一呼吸置いた。

「それでやっとわかったんだ」


まっすぐな瞳とぶつかって逸らすことが出来ない。
今までの流れから何を言われるか予想がついているのに、ばくばくと心臓が煩い。

「俺も、お前のことが好きだ」

予想通りの言葉が頭の中を通り過ぎていった。
何を言われたか理解しているのに咄嗟に感情が出ない。
呆然と立ち尽くすオミにカゲミツが諦めたように溜め息をついた。

「散々あんな態度取っておいて都合いいよな」

どうやら沈黙を否定と受け取ったらしい。
ごめん、忘れてくれと言おうとしたカゲミツの言葉は、らしくもないオミの大声によって遮られた。

「違うんだ!」

カゲミツが驚いていると、両手をいっぱいに広げたオミに抱きしめられた。
気恥ずかしくてオミの肩に顔を押し付ける。

「夢みたいだ」

そう呟いたオミの声は少し震えていた。
だからカゲミツもオミの背中に腕を回す。
恥ずかしいから顔は見れなかったけど、これだけは伝えなくてはいけない。

「夢じゃねぇよ」

*

「ほら、俺の言った通りだっただろ?」

それから数日後、オミはヒカルと二人でワゴン車の中で作業をしていた。
相談していたし、何より同じ諜報班として伝えない訳にはいかない。
付き合うことになったと報告した後のことだった。
したり顔で言うヒカルにオミが怪訝な顔をする。

「どういうこと?」
「カゲミツ、お前のこと意識しまくりだったじゃん」

くっつくのは時間の問題だと思ってた。
あっけらかんと言われた言葉にオミが目を見開く。

「まぁ最終的に俺の助言のおかげだけどな」

俺に感謝しろよ?と言うのに何も返すことが出来ない。

「コーヒー飲みたいなぁ」

独り言にしては大きな声にオミがサイフを持って立ち上がる。
ヒカルの楽しそうな笑い声を背にオミは近くの自販機を目指したのだった。

うまく育てると愛に進化するらしい

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